更新日:2020年10月06日 15:27
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ウソが嫌いなら前政権の残した数々の疑惑と向き合ってほしい/鈴木涼美

9月25日に開かれた自民党の会議で杉田水脈衆議院議員が「女性はいくらでもウソをつける」と発言し、批判を浴びた。杉田議員は「今回改めて関係者から当時の私の発言を精査致しましたところ、ご指摘の発言があったことを確認しました」「嘘をつくのは性別に限らないことなのに女性のみが嘘をつくかのような印象を与えお詫び申し上げます」と自身のブログで謝罪した。
鈴木涼美

写真/時事通信社

OH!それ、ミオ/鈴木涼美

 精神医学の教授だったチャールズ・V・フォードは人のウソを考察したその著作の中で、ウソそれ自体は善でも悪でもないとした上で、「最も大きな危険となるのは嘘ではなく、相互に強化される自己欺瞞である」と書いた。「外的世界から自分の内的世界へと情報が入ってくる際にその情報をわい曲したり改変したりするときに」人は自己欺瞞に陥る。  確かに人はみんな本当にウソつきで、この本を読むとゾウや霊長類の行動にも、欺瞞的行動というのは見られるらしい。「LGBTに生産性がない」といういかにも「ネトウヨを喜ばせるためにちょっと過激なことを言ってみた」的なホモフォビア論考で雑誌を廃刊に追い込んだ自民党の杉田水脈が、性暴力被害者への支援事業をめぐって「女性はいくらでもウソをつける」と発言し、波紋を呼んでいる。  杉田氏のポジションどりはそう新しいものではない。保守のオジサンの中に入って女でありながら女を批判するという、古くは評論家の長谷川三千子らが担っていた役割が、ネトウヨのレベルに合わせて激しく劣化したと考えればよい。  最近ではフェミニストの中に入って、男でありながら男を批判するという逆のポジションも確立されつつあり、かつて「名誉」男性はあり得てもその逆はあり得なかったことを考えれば、時代の変化は感慨深い。  さて発言に戻ると、問題とされているのは「女性は」という主語である。「ウソをつける」という可能性について話すのであれば、人間すべて、およびどうやらゾウや霊長類でも「ウソをつける」。社会はもちろんその前提で設計されており、携帯の契約時に身分証が必要なのも、欠席するとき医師の診断書を渡すのも、人がウソをつけるからだ。  ほとんど意味をなさない可能動詞の主語を女性に限定したのには、女性ではない何かを守ろうとする意思が見える。主語を現実より大きく設定すると文章が不正確になるが、現実より小さく限定すると、人を貶める恣意性が強調される。そして主語の外の世界を意図的に忘却し、時には美化して守ることになる。  普通に考えれば被害者よりレイプ犯がウソをつく可能性のほうが高いし、杉田を比例当選させた前政権が残した疑惑の多くは、男のウソによってもたらされた気がするわけで、ウソが嫌いなら本来そちらと向き合ってほしい。  性暴力を相談する女性が狂言的だと言いたいのだろうが、実際の暴力事件の数に比べて襲撃事件を自作自演したジャシー・スモレット疑惑のようなものはごく一部で、そもそもスモレットも男である。前述の本の中に、性関係やデート中のウソに関する調査がいくつか紹介されるが、女性のほうに明らかな傾向は「性関係を持った相手の数」の詐称という、極めて加害性の低いものくらいだった。  杉田のツイッターを覗いてみると、「嫌がらせに負けるな」的な内容の激励が多く届いていて、そうやって強化され続ける自己欺瞞の中で、彼女が守っているのは、女でも社会でもまして男ですらなく、自身の心地よいポジションだけなのではないかと推察する。 ※週刊SPA!10月6日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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