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命を絶つほど追い詰められている女たちに自助共助を求めるな/鈴木涼美

新型コロナウイルス感染拡大による健康被害や経済不安の影響で、8月の自殺者が前年同月比15.3%増の1849人と大幅に増加していたことが明らかになった(警察庁発表速報値)。特に女性の自殺者数は40.1%増の650人と深刻な状況だ。
鈴木涼美

写真/産経新聞社

女はそれも我慢している/鈴木涼美

 昨年、20人が殺傷された川崎市登戸通り魔事件の容疑者についての報道が過熱した時、テレビメディアでは落語家やキャスターがしきりに「死にたいなら一人で死んでくれ」と発言した。もちろんそれらは自殺する前に罪のない子供を殺した行動への非難の言葉であり、趣旨は「死ね」にあらず、「殺すな」にある。痛ましい事件への反応としては自然だが、実際には、はなから一人で死んでいく者たちのほうがそもそもずっと多い。  長年減少傾向にあった日本の自殺者数が、コロナ禍の真夏、前年の数字を大幅に上回った。特に女性の増加率は8月で前年比4割増と顕著で、バブル崩壊やリーマンショックなどとはまた別の様相を見せている。いまだに総数は男性に及ばないものの、長らく男の問題とされてきた自殺が女性にも波及したことは、一つにはかつてより社会的自由度が増し、経済的な責任を負う者も増えたことと無関係ではないだろう。  しかし依然として接客や非正規雇用の割合は多く、家事育児は共働きであっても女性に負担がのしかかる。そしてウイルスはまさに接客や非正規雇用の者たち、育児の責任を持つ者たちをダイレクトに攻撃した。国連のグテーレス事務総長も、パンデミックで追い詰められた女性たちの問題に言及するなど、コロナが女性活躍社会に水を差す可能性は日本以外でも指摘されている。  自殺の原因なんておそらく複合的で、客観的事実だけではその形を正当に把握することはできない。非正規で働いていた女性の生活不安、飲食・宿泊業など女性の多い職場への打撃、休校による育児負担増やシングルマザーの生活環境、在宅勤務によるDVなど家庭内ストレスの増加、外出自粛による孤独。どれも原因として指摘されるものの、どれに当てはまるわけでもなく命を絶つ者もいれば、すべてに当てはまって逞しく生きる者もいる。  自殺した女性の知人が二人いるが、一人については仲間内でさえその要因の見解が「失恋」「失業」「病」「当て付け」と分かれたし、もう一人については誰もその見当すらつかなかった。明らかに原因に見えるものが直接的な引き金とも限らない。何気ないネットの書き込み一つのほうが、絶望的な貧困よりつらいと思う人もいる。人の心は複雑で、多様で、気まぐれだ。しかし、客観的に推理できる原因がこれだけ並べられることにこそ問題はある。  長く女は男に比べて環境の変化に強いといわれてきた。ストレス耐性があって逞しく、どんな状況になっても生きられるのが女だと教えられた。栄誉なことだが、先細りの社会でそんなイメージでは腹も膨れぬどころか、対策の怠慢を呼ぶ可能性もある。  女は強いから、お母さんは強いから、と押し付けられてきたもともと無理のある量の責任が、一つのウイルスによる社会環境の変化で限界を迎えているのかもしれないのだ。複雑な人の心を把握しようなんて大層なことは無理だから、いくらでも並べられる原因らしきものを一つずつ減らしていくことに政治が力を割くしかない。  新総理肝いりの「自助、共助、公助」の最初の二つは、「強い女」の良心に頼って保たれてきた気もするのだ。 ※週刊SPA!9月29日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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