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多様性を求めるアカデミー賞。新基準に「映画も終わりだ」と嘆く珍妙な日本人/鈴木涼美

米アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、’24年から、作品賞の選考に新たな基準を設けると発表。作品賞受賞の条件として「主要な役にアジア人や黒人、ヒスパニック系など人種的少数派の俳優を起用すること」、「制作スタッフの重要なポジションに女性や人種的少数派、LGBTQ、障がい者が就くこと」などを挙げた。アカデミー賞に多様性を求める声は年々高まっており、今年度は韓国映画『パラサイト』が作品賞を受賞し話題を呼んだ。
鈴木涼美

写真/時事通信社

事件はこの島で起きているんじゃない/鈴木涼美

 一介の現場刑事なのだけど、キャリア警察官僚の室井さんの運転手を勤めたことから徐々に目を掛けられる青島刑事。或いはベン・キングズレーが演じた、シンドラーの右腕のユダヤ人会計士。いずれのキャラクターも人気があるのは、弱い立場にいる自分のアイデンティティをぐらつかせることなく強者と良い関係を結ぶからだ。単に強者に同化することで仲間入りしたがると、強者にはもちろん、映画ファンにも嫌われる。  『パラサイト』が受賞し話題になった米アカデミーの作品賞に、新選考基準が設けられると発表された。4つある選考基準のうち2つをクリアしなければノミネート対象にならないという条件で、いずれも俳優や制作スタッフなどの起用に人種・ジェンダー多様性を求める内容。  米オスカーはその世界的な影響力の割に、多様性がないと批判され続けており、5年前にはノミニーが白人ばかりだと指摘する#OscarSoWhiteのハッシュタグが流行した。  アジア人の監督賞と作品賞が目立った今年の授賞式も、蓋を開けてみれば俳優陣のノミニーは一人を除いて全員白人、監督は全員男性。ちなみに今まで監督賞を受賞した女性はキャスリン・ビグローただ一人。警察官の暴力に端を発する#BlackLivesMatter運動が盛り上がるなか、進化の脚を早める必要性を感じたのは無理もない。  基準の内容はほぼ全て雇用機会の公平さを保障するもので、多様性がウリの米国内の賞イベントとしては妥当だろう。別に『シンドラーのリスト』に突如アフリカ系俳優が登場しなければいけないわけではない。  しかし基準の一つに作品のテーマに触れたものがあったせいか、思わぬ拒絶反応が散見されたのは特徴的だった。米国のポリコレは時々極端な方向に物事を誘うが、少なくとも今回、スタッフも広報も俳優も監督も全て白人男性で映画を撮り、なおかつアカデミー作品賞に輝きたい、という白人男性以外にはあんまり関係がない気がするが、「映画も終わりだ」と嘆いている。米アカデミーにしっかり人種的マイノリティと名指しされている側の日本人が。  どう考えても配慮されている側が、親切にも逆側の気持ちを勝手に代弁しているように見えるのだけど、これはなんだ。「手加減は結構!」という武士?白人男性だらけの映画をどうしても見たいのか?  おそらくオスカー新基準に現状の日本で起きるべき議論は、国会議員のクオータ制や企業役員の多様性確保だと思うのだが、今のところそのような話にはなっていない。BLMに日本人がある種の冷たさを見せるのは、白人でも黒人でもない疎外感もあるだろうが、誰かが得をするのが許せないといった単なるドケチ根性もあるのだろう。  黒人どころか自分の属する人種が含まれるものであっても、今弱い者が力をつけるのは嫌だ、今不幸なものが幸福になるのは嫌だ、と強者の論理にしがみ付いているうちは、アイデンティティはぐらぐらと太平洋を彷徨い続ける。残念ながら、日本人が白人になるのは、青島刑事が警察官僚になるよりずっと無理なのだけど。 ※週刊SPA!9月15日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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