「結局のところ僕は書くことで人生切り拓いてきた」山本周五郎賞作家・早見和真の素顔
インタビュー企画。今回は後編をお送りする。今回は、2020年というオリンピックイヤーであるはずだった激動の1年間と、2つの新作について意気込みを語ってもらった。
――2020年は本当にいろんなことがありました。オリンピックの延期に甲子園の中止もあり、スポーツ界にとっても激動の年でしたが、この1年を作家・早見和真は愛媛からどう見ましたか。
「ここ数年ずっと、東京五輪以降、共有できる思いのない日本が始まることを危惧していたんですよね。『東京オリンピックを成功させるぞ』のその先、そこからどうやって新しい物語をみんなで生み出していくか、みんなで目指せるものを作っていくのか、というのが東京五輪後の日本のテーマになるということは、僕自身ずっと言い続けてきました。しかし2020年は、自分の想像をはるかに超えたかたちで違う年になってしまった」
――将来に思いを馳せる余裕もないというか。
「愛媛から東京を見てやろうと思ったのに、東京にいてもあまり変わらなかったなっていうぐらい、今や日本という枠組みを超えて、世界全体で『目の前のコロナとどう向き合うか』っていう思いを一つにしちゃってる。これはものすごく危うい状態だと思うんですよ。アフターコロナって言って日和見している場合じゃなく、僕たちは『次どうすんの?』っていうことを考えないといけないんじゃないかな。そう言いながらも、2020年は僕にとってあまりに特別な年で、思い描いていたものとあまりに違ったもんだから、立ち尽くしてなんにも書けなくなった時期がありましたね」
――それはいつ頃のお話ですか。
「5月下旬から8月下旬まで、何を書いたらいいかわかんないってところまで落ち込んじゃって。自分の原点に帰るつもりで、その3か月の間は愛媛済美高校と石川星稜高校の高校球児ととことん触れ合いました(※早見氏は愛媛新聞で高校野球ルポを連載)。そして彼らが夏の終わりに到達したのが『甲子園はなかったけど、野球は楽しかった』という、すごくシンプルなところだった。それに、『ひょっとしたら、甲子園がないから野球が楽しめたのかもしれない』って言葉が出てきたときに、あぁ、これだなって。僕もそのとき、シンプルに小説を書きたいなって思えたんですよね」
――そこから、書けるようになったんでしょうか。
「うん。結局のところ僕は書くことで人生切り拓いてきたはずだし、書くことで社会と折り合ってきたはずなのに、いつのまにか頭でっかちになってたなって思わせてくれた言葉だった。そこからは本当に、書くことがフッと楽になれましたね。彼らと向き合った時間もよかったし、文章中であんなふうに自分と向き合ったことも久しぶりで、その作業もよかったと思えますね」
『ザ・ロイヤルファミリー』(2019年、新潮社)で第33回山本周五郎賞を受賞した作家・早見和真氏の
愛媛から東京、そしてコロナ
小説が書けなかった時期と高校球児たちとの出会い
様々なメディア媒体で活躍する編集プロダクション「清談社」所属の編集・ライター。商品検証企画から潜入取材まで幅広く手がける。
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