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「僕はいつまでも地べたの側の人間です」山本周五郎賞作家・早見和真の素顔

早見和真

東京から愛媛県松山市に移住し、作家活動を続ける早見氏

山本周五郎は候補作も含めて全部読むくらい憧れた賞だった

『ザ・ロイヤルファミリー』(2019年、新潮社)で第33回山本周五郎賞を受賞した作家・早見和真氏とSPA!の縁は、早見氏が作家になる前からあった。ライターとして特集記事を書いこともあれば、作家としてデビューした後も横浜桐蔭高校時代の先輩である高橋由伸元巨人監督との対談、有馬記念の予想など多岐に渡る。今回は山本周五郎賞受賞、大好きな競馬、そして早見和真という作家の素顔に迫った。 ──まずは、山本周五郎賞受賞おめでとうございます。受賞の率直な感想をお聞かせください。 「ありがとうございます。山本周五郎賞は、学生時代から候補に入った本を全部読んできたぐらい本当に大好きで憧れの強い賞だったので、率直にすごく嬉しいです。デビュー作『ひゃくはち』(’08年、集英社)でお世話になった江口さんという編集者の方がいまして、江口さんって普段全然褒めてくれない人なんですが、受賞後久しぶりにサシでメシを食ったときに、しみじみと『よかったね』って言ってくれて……これは今回の受賞でいちばんホッとしたというか、嬉しかった出来事でしたね」 ──デビューから12年で、ついにここまで階段を上がってきたか、という思いですか。 「自分という人間は何も変わっていないし、実力も変わっていないです。江口さんの言葉は、デビュー前の自分の状態のひどさを知っているからこそ。自分はもともとは新聞記者になりたくて、’03年入社予定で、某大新聞の記者として内定をもらっていたのに、留年して内定が取り消しになったんですよ。学費を自分で工面せざるをえない家庭環境で、お袋の自己破産が重なったりして切羽詰まったタイミングに追い込まれたなかで、高給で知られるその新聞社にさえ入れてしまえば人生安泰だと思っていたのに……。それでもう心が折れて腐ってしまった。  その年の3月と4月はひきこもってましたね。そこに電話をかけてきてメシに誘ってくれたのが、江口さんだったんですよ。『もう人生これで切り開くつもりで小説一本書いてみれば?』と勧められて生まれたのが『ひゃくはち』です。もちろん、執筆中は周りの誰にも秘密でした。25歳を超えて小説家を目指して小説を書いているという作業が本当に恥ずかしくて、その話をもし周りに知られたら、アイツ終わってんなっていう目で見られるのは明白だったんですよね」 ──今は胸を張って書けていますか。 「その頃とくらべて、自分という人間は何も変わっていないし、実力も何も変わっていません。だけど、本が出たり、映画になったり賞を取ったりするたびに、勝手に周りの目だけが変わっていくという“気持ち悪い感覚”がずっとあるんです。誰に何を言われても満たされることがないんですが、今回の受賞はさらに脇が締まったという感覚。だからこそ冒頭の江口さんの『よかったね』が沁みたんですよね」

小説を書くことは自分の才能のなさを突きつけていくこと

──高校球児を題材にした『ひゃくはち』から始まった早見和真という作家人生ですが、いろんなテーマに挑戦してきたなかで、『ザ・ロイヤルファミリー』ではご自身の大好きな競馬を題材に選びました。これはどういった経緯からですか。 「100伝えたいことがあっても、自分の表現力や語彙力では5、6しか伝えられないことがもどかしさは常にあります。小説を書くことは、自分の才能のなさを自分にも他人にも突きつけていく作業だから、やっぱり自分としても辛いんですよ。だったらせめてテーマぐらい、もう自分が好きで仕方のないことにするのがいいんじゃないかということで、楽しいと思えそうなことを題材にしてみました。  山本周五郎賞の授賞式では、江國香織さんが『俺が面白いと思うものはこういうものだ!って胸を張って書いた早見さんがかっこいい』っていうふうに言ってくれたんですよ。それでようやく成就したというか、自分が本当に面白いと思ったものを信じていいんだなというように思えた瞬間でした」 ──『ザ・ロイヤルファミリー』では、馬主や牧場への取材も精力的に行われていましたよね。こうした取材を通して競馬界の裏側の部分もたくさん目にしてしまったのでは。 「光が当たるほど影が濃くなるのは当然で、それこそ、ノンフィクションだったらここは書くだろうなと思うような闇の部分は山ほどあるんですよ。けど、2つの理由でそこには触れていません。まず、今回は小説であること。もう1つは読者が何を思うかです。  一般読者においては、競馬は汚いものだとか黒いものだという認識のほうが強いに決まってるんですよね。酒飲んでるおっちゃんが馬券を買って家庭を崩壊させているようなイメージ。だからそのカウンターとして、競馬の美しい面をちゃんと取り上げてあげることのほうが一般読者に訴えるには有効だと考えました。  また、いわゆる“競馬村”の人たちにとっては、一般人の目に映る『業界の闇』なんて当然のことばかりなんですから、あえて語る必要もない。ちょっと打算的かもしれませんが、そんなことを書くよりは彼らの自己肯定感を高める内容のほうが、いいじゃないかって」 ──物語では、マジメな税理士の栗栖(クリス)が、ひょんなことからワンマン社長で馬主の秘書におさまってしまい、競馬と一定の距離感を保ちつつも、徐々にその魅力にハマっていく様子が描かれています。主人公が競馬に染まりきっていないからこそ、一般読者が同じ目線で追えたのではないでしょうか。 「やっぱり競馬って、誰を主人公にしようとしてもいきなりマニアックな話になっちゃうので、語り部は誰にするかということはずっと考えていました。読者からは競馬場に行ってみたいとか、初めて競馬場に行ったよ! パット(※オンラインで馬券を購入できるサービス)を開設しました!という反応がことのほかあって嬉しいんですけど、この人たちお金なくなっちゃうんだろうなぁと思って申し訳なくなりますね……(笑)」
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山本周五郎賞を受賞して変わったこと
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