難民の人権を無視した入管法改悪を許すな
国会前で入管難民法改正案について抗議する人たち。与党は強行採決を進めようとしていたが、かねてから対応が問題視される入管の権限を強めるとして野党は反発。5月14日に修正協議が行われたが決裂し、決議案は5月18日の衆議院本会議で採決される見通しだ。
ドラマ化もされた漫画『医龍』の中で、大名行列と呼ばれる総回診中の教授が、助かりそうにない患者に笑顔で話しかけて回りながら、次々「エントラッセン!」と指示を出す場面がある。
ドイツ語由来の医療用語を理解しない患者は診察のお礼を言うが、教授の後ろにいる医者たちは当然、それが退院を意味することも、その退院が何を意味するかも承知で、患者から目を逸らす。成功率の低い手術を避けるために、難しい患者は排除する。手術中の死亡率や病院での死者数は下がり、医者たちの手を離れ目に見えないところに消えてから患者は死にゆく。
’19年の入管施設内で男性がハンガーストライキ中に餓死した事件をきっかけに作成された入管法改正案の審議が続いている。今年3月、施設内で体調不良を訴えていた女性が、適切な処置を受けられずに死亡した問題が記憶に新しいこともあり、抗議デモが続く中、政府は法務委員会での採決日程を一旦見送るなどしたが、廃案を求める野党との溝は埋まっていない。
亡くなった女性は何も、入管法改悪の歯止めとなり、迫害される難民たちを救う意図はなかったであろうが、あまりに痛ましい事件は結果的に入管施設の内部や難民関連の法律について市民の関心をいつになく高めた。
改正案の問題とされているのは、難民認定が3回却下された人を祖国に送還することが可能になる点、退去命令を拒否した外国人に刑事罰が適用される点である。
英米独加などが軒並み数万単位の難民を受け入れている中、日本は数十人、難民認定率は1%に満たない。その数字を見れば、難民申請中のほとんどの人が強制送還や刑事罰の恐怖に怯えるであろうことはわかる。このほか釈放金を支払い、監理人を置くことで収容施設の外で暮らせるようになる監理措置が新設されるが、実際どの程度適用されるかは不鮮明だ。
つまり、もしこの改正案で何かが改善されるとしたら、ここ20年で20回あったとされる「入管施設内の死亡事件数」くらいだろうか。迫害などの恐れのある祖国や、刑務所や、或いは監理人のもとで人が死んでも、2年前や今年の死亡事件の時のように、市民の関心や批判は入管施設へは向かない。見えない死について人は無関心だし、見えない入管の中で何が起きているのか、死亡事件でもない限り知ろうともしないだろう。
人は目の前で人が死ぬことや、自分が振り下ろした刃で人が死んだという事実だけを極端に嫌う。だから社会は日常から死の匂いを極端に遠ざけ、死に素手で触れることがないよう設計される。
国籍のない人に税金を使うなとか、不法滞在は帰されて当たり前とか、冷血漢ぶって話す人は、入管施設の外壁を全て透明にして、死刑台を街中に設置した状態で同じような主張をするのだろうか。難民受け入れに拒否反応を示すこと自体、死の匂いが除菌された日常に異物が混入することへの拒絶でしかない。
難民受け入れによる治安悪化など待たずとも、日本が平和でも安全でもないことは、政府による情報隠蔽やワクチン接種の進行状況を見れば明らかだ。生真面目に生きていても気づけば公文書改ざんの片棒を担がされ、死に追いやられるような世の中で、「エントラッセン!」の一言で退去願いたいのは、少なくとも命からがら死の危険から逃げ込んだ難民たちではない気がする。
※週刊SPA!5月18日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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