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「日中戦争が起きない」と言い切れるか?<政治学者・白井聡>

―[月刊日本]―
『新しい戦前』(朝日新書)

『新しい戦前』(朝日新書)

グローバル南北戦争に発展

―― ロシアのウクライナ侵攻から1年半が過ぎました。白井さんは新著『新しい戦前 この国の〝いま〟を読み解く』(内田樹氏との共著、朝日新書)で、ウクライナ戦争の現段階での総括や今後の展望を論じています。 白井聡氏(以下、白井) 改めてウクライナ戦争がどういう性格のものであるかを振り返ると、ロシアがウクライナに侵攻したという意味では、この戦争はロシアとウクライナの戦争です。しかし、ウクライナの後ろにはNATO(北大西洋条約機構)がおり、特にアメリカが強力にウクライナを支えています。ロシアもウクライナやヨーロッパではなくアメリカこそが真の敵だと考えています。そのため、これは間接的にロシアとアメリカの戦争と言えます。  しかし、この戦争はそれだけに留まらない性格を帯びてきました。  戦争が始まると、アメリカは国際社会に働きかけ、ロシア包囲網を形成しようとしました。しかし、これに同調したのはG7をはじめとする先進国グループだけでした。中南米や中東、アフリカの国々は経済制裁に加わっていません。国の数という点から言えば、制裁を実行している国よりもそうしていない国の方が全然多い。  例えば、中南米諸国からすれば、アメリカが「ロシアの侵攻は帝国主義的で許されざることだから、みんなで粉砕しよう」と言ったところで、「どの口が言うのか」となるに決まっています。これまでアメリカは繰り返し中南米に介入し、クーデターや武力行使まで行って親米政権をつくってきました。彼らはもうアメリカの呼び掛けに対して聞く耳を持ちません。  中東やアフリカも同様です。アメリカがアフガニスタンやイラクでやってきたことは、ロシアがウクライナでやっていることと同じであるか、もっと酷い。アフリカに関しても、ヨーロッパがアフリカを植民地化し収奪の限りを尽くしてきたことは、いまさら言うまでもないでしょう。  こうした中、影響力を拡大しているのが中国です。周知のように、中国はウクライナ紛争に関して、ロシア寄りの中立という立場をとっています。今年3月、その中国の仲介によってサウジアラビアとイランの国交正常化が実現しました。これに一番ショックを受けたのはアメリカでしょう。同盟国のサウジが、自分たちと対立する中国の仲介で、やはり敵対関係にあるイランと手打ちをしたわけですから、面白いはずがありません。詳しくは後述しますが、サウジはアメリカの覇権維持のために、特別に重要な国です。そのような重要なパートナーに対するハンドリングをアメリカは失いつつあるのです。こうした地殻変動的変化がウクライナ戦争の進行中に生じ始めたということが重要なのです。  アフリカの動向にも注目する必要があります。7月にニジェールでクーデターが起き、親仏政権が倒されました。それに先立ち、隣国のマリやブルキナファソでもクーデターが起こり、親仏政権が倒れています。  彼らがフランスの代わりに頼りにしているのがロシアです。ロシアはフランスのようにアフリカを植民地化した過去がなく、ソ連時代にはアフリカの反植民地闘争を支援していました。そうした歴史があったうえで、ここ数年の間、イスラム原理主義組織を掃蕩するために、民間軍事会社ワグネルもこの地域で活動していました。だから、植民地支配を終えて以降もこれらの国々から収奪してきたフランスよりもロシアに親近感を抱く人が多いことに、実は不思議はないのです。  ニジェールのクーデターに対して、ナイジェリアなどから構成される西アフリカ諸国経済共同体が軍事介入を明言する一方、マリとブルキナファソはニジェール側に立って戦うと述べています。これは大規模な紛争に発展する可能性があります。そうなればロシアは何らかのかたちで関与するでしょう。  そしてそれは、ウクライナ戦争がアフリカに飛び火したものと見ることもできます。つまり、もともとはロシアとウクライナの戦いだったウクライナ紛争は、G7対BRICS、さらにはグローバル南北戦争という性格を有するようになっているということです。

揺らぐマニフェスト・デスティニー

―― この戦争ではっきりしたのは、アメリカの没落です。なぜアメリカの力はここまで落ちたのでしょうか。 白井 それは思想面と経済面から説明できます。まず思想的な側面から言うと、これまでアメリカの思想的背景にはマニフェスト・デスティニーがあると言われてきました。自分たちは神に選ばれた特別な、例外的存在であり、自由と民主主義を世界に広めるのが使命であるとするイデオロギーです。これに基づき、アメリカは世界各地に介入を続けてきたわけです。  しかし、いまこのイデオロギーが揺らぎつつあります。三牧聖子氏の『Z世代のアメリカ』(NHK新書)によれば、アメリカではアメリカ人であることを「非常に誇りに思う」とする割合が減っており、特に若い世代で減少傾向が顕著になっています。自分たちが例外的な存在だという意識が薄れつつあるのです。  これは経済力の低下と関係しています。もともとマニフェスト・デスティニーは観念だけで成り立っているのではなく、ドルの基軸通貨性によって支えられてきました。第二次世界大戦後、ドルのみが金とリンクすることで基軸通貨としての地位を築いてきましたが、ニクソン・ショックによって金との兌換が停止されたことで、ドルの特権性は失われました。しかし、その後もドルの立場が揺らぐことはありませんでした。それは、ドルでなければ石油を買えない状況をつくったからです。だから各国とも引き続きドルを求めたわけです。アメリカ経済が双子の赤字を垂れ流すことができるのは、石油を介して基軸通貨の地位を守ったからです。これが、いわゆるペトロダラー体制です。  しかし、ペトロダラー体制を維持するためには、中東をはじめ産油国を影響下に置かなければなりません。それには膨大な軍事力が必要になるので、アメリカはひたすらドルを刷り続けてきました。しかし、ここまでドルを刷れば、どこかの時点でドルが崩壊する恐れがあります。それを回避するには、何としてもペトロダラー体制を死守しなければなりません。そこでアメリカは産油国への介入を強め、その結果、膨大な軍事力が必要となり、さらにドルを刷らなければならず……という悪循環に陥っていたのが、この間のアメリカの構図です。  しかし、先ほど指摘したサウジのアメリカ離れからも明らかなように、アメリカにはもはや産油国を掌握する力はありません。また、中国とサウジの接近を考えれば、今後は人民元による石油の取引が増える可能性があります。そうなれば、ドルでなくても石油が買えるので、ドル覇権は大きく動揺することになるでしょう。  ドルの基軸通貨性を支えてきた要因をもう一つあげれば、決済システムです。ドルは最もよく使われる通貨なので、決済システムが高度に発展し、利便性が高く、世界一取引コストが安く抑えられていました。  しかし、ウクライナ戦争を受けて国際社会がロシアをSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除したことで、ロシアは他の決済方法を模索するようになりました。これは結果として代わりの決済システムを発展させる可能性があります。いまBRICSが独自の決済システムをつくろうとしていますが、この動きが一気に加速する可能性もあります。これもドル覇権にとって大きな打撃となり、アメリカの国力低下を招くことになるでしょう。
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東アジアを襲う「少子化」の波
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げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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月刊日本2023年10月号

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内田 樹 「歴史の暗部」を語り継げ
安田浩一 再び虐殺が起きないと言い切れるか
高橋公純 私は命が尽きるまで懺悔の心を持ち続ける

【特集②】神宮外苑再開発を即時中止せよ
斎藤幸平 私利私欲のための再開発は許されない
高山住男 デベロッパー・三井不動産の正体
本誌編集部 公開書簡「神宮外苑再開発の即時中止を求める」

【特別インタビュー】
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