女子プロレス“顔面殴打事件”、団体社長がすべてを語った
―[フミ斎藤のプロレス講座]―
たった1カ月まえの“事件”なのに、すでに過去のできごとになりつつある。現代的な表現を用いるとするならば“過去ログ”である。
女子プロレスのリングで凄絶なケンカ・マッチが起きた。舞台はいま日本でいちばん人気のある女子プロレス団体、スターダムの2・22後楽園ホール大会。当事者は世IV虎(よしこ)と安川惡斗(やすかわ・あくと)の2選手だ。
「ある意味、知名度は上がったということにはなるのかもしれませんが……」
“渦中の人”となったロッシー小川スターダム社長がこの1カ月ほどのカオス=混乱をふり返った。
試合中に起きたことだから、本来はどちらが加害者でどちらが被害者かという判断はむずかしいところではあるけれど、物理的な状況だけを抽出するならば、世IV虎が握りコブシで安川の顔面を殴りつづけ、眼底、頬骨など3か所を骨折するケガを負わせた。ナックルによるパンチ攻撃はプロレスのルールでは反則である。
ワールド・オブ・スターダム選手権のタイトルマッチとしておこなわれた試合はノーコンテスト裁定(無効試合)となり、安川は試合後、都内の病院に緊急入院。後日、団体サイドから王者・世IV虎の王座ハク奪と無期限出場停止処分が発表された。
“顔面殴打事件”の一部始終はヤフーをはじめとするネットのニュースサイトですぐにトップニュースとしてアップされ、駅売りのスポーツ新聞各紙、ふだんはあまりプロレスを取り上げない一般週刊誌、経済誌などの活字メディアでも報じられた。
ユーチューブにアップされた試合映像はあっというまに40万アクセスを突破し、事件から数日後には“日本でもっとも観られている動画”となった。
“世IV虎”“安川惡斗”“スターダム”といったキーワードは約2週間にわたりグーグルの検索ヒット件数のトップ10にランクインしていた。
スターダムの事務所の電話は――そのほとんどが無言電話やイタズラ電話だったが――1日じゅう鳴りつづけ、小川社長の自宅には早朝から夜中までマスコミが押しかけてきた。
「本人(安川惡斗)の顔が元に戻りつつあるので、それで(この問題は)終結ということになるのかなと考えています」
「われわれの世代、時代は……、昔は(マスコミから)取材を受けていないことは新聞・雑誌の紙(誌)面には載らなかった。でも、いまは個人レベルでいくらでも情報を発信できる。無記名で好き勝手な意見をいえちゃう。情報が伝わるのが速いし、すたるのも速い。情報がどんどん風化していって、記憶されない。これがネット社会の功罪というか現実」
「いまはFacebookあたりまえ、ツイッターあたりまえ、ニコニコ動画あたりまえの時代。このあいだの紫雷イオ対コグマの試合映像をFacebookにアップしたら5万ヒットがあった。それもほとんどが海外のユーザーだった。そういう時代なんだと思います」
「団体をやっていくことのリスクはものすごく大きい」と小川社長は語る。
プロレス団体を経営していくうえでのリスクには「経済的(金銭的)なリスクとイメージ的なリスク」のふたつがあるという。
2011年(平成23年)の発足から5年めを迎えたスターダムにはこれまで30人の練習生たちが入門してきて、20人がデビューし、すでにその半分がやめてしまった。
4年まえの旗揚げ興行(2011年1月23日=東京・新木場)に出場した選手のなかで現在でも“フル稼働”しているのは一期生の岩谷麻優(いわたに・まゆ)だけだ。
“顔面殴打事件”の当事者である世IV虎(無期限出場停止)と安川は長期欠場中で、所属メンバーのなかではいちばんベテランであり“現場監督”的な立場にある高橋奈苗(たかはし・ななえ)も足首の手術のため現在入院中だ。
「だれがいなくても成立する、興行ができる、というのが団体プロレスの基本コンセプト。残った選手たちの団結がすごい。紫雷イオ、宝城カイリのふたりは『わたしたちは大丈夫です』『わたしたちがスターダムを背負っていく』と話しています」
「月イチで後楽園(で興行)をやっているのはすごいですねといわれるけれど、全然すごくない。昔(の団体)ならそれがあたりまえのことだった」
「団体というのはなにか“めざすもの”がないとダメ。興行だけやって、なんとか食っていくだけではつまらない。ムリしないようにやりつつ、ちょっとだけムリをするんです」
次回の後楽園ホール大会(3月29日)ではワンナイト・トーナメントで現在空位になっているワールド・オブ・スターダム王座の新チャンピオンを決める。ことしの8月には1カ月(7興行)のロングランで16選手出場(A、B各ブロック8選手)の総当たり式“5スター・グランプリ”公式リーグ戦を開催する。
「惡斗が戻ってくるのは夏の公式リーグ戦のあとになるでしょう。世IV虎は……惡斗が戻ってこないと、本人も(気持ち的に)戻れないでしょうね」
「わたしは(全日本女子プロレス時代から)37年間、プロレスのいいところをたくさんみてきた。メジャーになったらこんなにおもしろいんだよ、もっといろいろな体験ができて、大きな世界が広がりますよ、というところを選手たちに味わってもらいたいたいんです」
4月にはアメリカから4人の“留学生”が入門してくる。5月には主力メンバーのメキシコ遠征、10月にはアメリカ西海岸で“スターダムUSA”の初興行を計画している。
「いままで失敗もしてきから、勉強した。新しいスターを育てるには“手法”がある。いい選手をいいタイミングで旬のうちに引っぱり上げる。順番待ちはダメ。跳びぬけないと。選手がアタマでやっている団体は年功序列があって、選手間のあつれきもあって、どうしても調和を保とうとするでしょ。スターダムではそれができるんです」
「(プロレスは)ビジネスだから、みんなでみこしを担いで新しいスターを売る。新しいスターを提示する。もちろん、それはお客さんが決めることなんだけど、団体側がきっちり提示しなければお客さんにもわからない。だから、ちゃんと形としてみえるように」
「プロレスはアスリートがやるエンターテインメント。7割がアスリート(としての身体能力)で、3割がパフォーマンス。無理やり(メインイベントに)抜てきしてもダメ。実力がともなっている選手だけがファンに支持されるんです」
文責/斎藤文彦 イラスト/おはつ
※「フミ斎藤のプロレス講座」第31回
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