番外編その3:「負け逃げ」の研究(20)

 岸山さんが雲吞麺、わたしはお粥をすすりながら、カジノでの共通の知り合いの話題に移った。

「ひどい状態ですね。あっちでもこっちでも大口の打ち手には、国税の査察が入っている」

 と岸山さん。

「そういえば、KさんのところにもWさんのところにも、税務調査か査察が入った、と聞いた」

「税務調査」は「任意」で、「査察」は「強制」の調査のことである。

「Fさんなんか、カジノが情報提供してるんじゃないか、と疑ってましたよ」

 これはまんざら根拠のない説でもない。

 ちょっと話が飛ぶ。

 2003年1月に、警視庁・愛知県警・広島県警・福島県警の合同捜査本部が、新宿にある貸金業者「アームズ」の経営者を逮捕した。

 平成最大の闇金融事件とされる「五菱(ごりょう)会事件」摘発の発端である。

「アームズ」捜査における進展が、同年8月、「五菱会」貸金業統括経営者・梶山進の出資法違反での逮捕につながった。梶山は「ヤミ金の帝王」と呼ばれていた男である。

「五菱会」という名は、そのまんま五代目山口組(渡辺芳則組長。故人)を意味したものらしい。山口組の代紋は「菱」の中に「山」で、業界で分裂前の山口組は「ヤマビシ」、あるいは関西では単に「ヒシ」と呼ばれていた。(2015年の分裂後は、「六代目」と「神戸」という呼び分けをする)

 捜査当局発表によれば、「五菱会」貸金業は五代目山口組の重要な資金源のひとつだったそうだ。把握できただけで、「五菱会」は二年という短い期間に、100億円ちかい収益をあげていた。

 その収益の一部は、もちろん五代目山口組に上納されたのだろうが、大部分は、貸金業統括経営者だった梶山進によって、海外に持ち出された、といわれている。

 現に捜査当局は、スイス・チューリッヒのクレディ・スイス本店にあった梶山進名義の二口座に、6100万スイス・フラン(当時の為替交換率で約51億円)が預金されていた、と発表した。

 その他、香港やシンガポールの口座にも、億単位でカネが振り込まれていたらしい。

「五菱会事件」が、平成最大の闇金融事件であると同時に、摘発された日本犯罪史上最大のマネーロンダリング事件、と呼ばれるゆえんである。

 誤解を生みかねないので、付け加えておく。

 これはあくまで、「摘発された」マネーロンダリング事件としては日本犯罪史上最大なのであって、「摘発されていない」ものなら、もっと大きいのがありそうだけれど。

 2005年11月、「ヤミ金の帝王」・梶山進には、6年6ヶ月の実刑判決が下された。

 これで一件落着、とはならなかった。

 すくなくとも、カジノ関連では「落着」しなかった。

 梶山進は、スイスや香港やシンガポールの銀行にだけではなく、ラスヴェガスの「MGMグランド」をはじめとするいくつかのカジノ・ハウス関係の国内外オフィスにも、わかっているだけで4億円を超すカネを預けていた。

 ところがこの日本犯罪史上最大のマネーロンダリング事件に、部分的にかかわっていたかもしれない複数のカジノ・ハウス関係会社には、「任意」の事情聴取があったものの、当局は立件できなかった。

「お咎め」は一切なし。

 めでたいことである。

 めでたいことながら、海外のカジノで「日本人のハイローラー」と呼ばれる人たちに、国税の「査察」がちょくちょく入るようになったのは、2005年からだった。

 偶然の一致かもしれない。

 あるいは、捜査当局が入手した「五菱会・マネーロンダリング事件」のカジノ・ハウス関連の資料の中から、「日本人のハイローラー」関係データが、国税に流れた可能性は消せない。

 そこいらへんの正確なところは、わたしにはわからない。

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(21)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。