番外編その4:『IR推進法案』成立で考えること(3)

「日本で数少ないカジノの専門研究者」を自称する「国際カジノ研究所」所長・木曽崇の一連の珍妙な主張と、思わず吹き出してしまう自己申告の経歴は、そのうちにじっくりと検証するかもしれないが、さて、ジャンケットだ。

 毎日1万人の人間が10万円をもってカジノに来て、その10億円を全部、ルーレットやBJ(ブラックジャック)あるいはバカラのテーブルで失ったとしても、じつはハウス側の収益など微々たるものにしかならない。いやもしかすると、赤字じゃないのか。

 カジノとは、それほど労働集約型の産業だ。

 現に、アジア・太平洋地域にある公認のメガ・カジノでは、その収益の大部分は、一般フロア(いわゆるヒラ場ないしはザラ場)ではなくて、少人数しか入れないVIPフロアから得る。

 一時のマカオなど、ハウスの収益の80%ちかくは、VIPフロアからのものだった。(現在では、ヒラ場とVIPフロアの比率は、半々にまで下がっている。その事情は後述する)

 カジノは、駅前にあるパチンコ屋の大規模なものと誤解している人たちも日本には多いが、これは明らかな間違い。

 じつは10万円持った客が1万人来るよりも、1億円持った客が10人来てくれた方が(どちらも負けると仮定すると)、ハウス側の収益は当然だがずっとよろしい。

 2011年11月に特別背任の容疑で逮捕された井川意高(いがわもとたか)・大王製紙元会長の事件は、カジノに関心がある人間なら、まだよく覚えていることだろう。

 2013年7月、懲役4年の刑が最高裁で確定し、井川は喜連川社会復帰促進センターでしゃがんだ後、昨(2016)年末に刑期を10か月残し、仮出所してきた。

 その井川が、雑誌の取材を受け、

 ――日本でカジノを作ってもうまくいかないでしょう。

 と発言している。

 その理由として、

1)身元がバレる恐れがあるので、日本のハイローラーたちは日本のカジノには近づかない。

2)欧米人のハイローラーたちが、わざわざ日本のカジノに来ることはない。

3)「彼ら(中国からのハイローラーたちのこと。森巣註)は基本的に手ぶらで来ます。最初遊んで、ある程度信
用ができれば、カジノは20億円くらいは平気で貸す。そこで問題となるのは、彼らが負けた場合、日本人が中国まで取立てに行かなければならなくなることです。シンガポールやマカオでは、長年の経験から強面の人達を使ったりして取立てるノウハウがある。カジノで遊ぶ中国の有力者は、地元の警察やらを全て押さえていますからね。日本人が返済を迫ったところで相手にされません。安倍総理は、そういう取立てのリスクをどこまで考えているか疑問です」(『デイリー新潮』2017年1月5日)

 と挙げた。

(1)と(2)には同意できる。そして(3)の主張もほぼ正しい。

 ただし井川は、100億円を超す大金をバカラのテーブル上で溶かしながらも、アジア・太平洋地域にあるカジノの仕組みをよく理解していなかったのではなかろうか、とわたしは疑う。

 アジア・太平洋地域のカジノで、中国からくるハイローラーたちは、もちろんプレミアム・フロア(ハウス直轄のVIPセクション)で打つ人たちもいるにはいるのだが、それは圧倒的な少数派で、彼ら彼女らのほとんどはジャンケット・ルームでバカラの札を引く。

 それゆえ、日本でカジノが公認された際、その法案でジャンケットを認めるか否か、がカジノ事業者たちにとって死活問題となるのである。

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 さて、日本で「カジノ仲介業者」と訳される「ジャンケット」とは、いかなるものなのか?

 これを簡単に説明するのは、難しい。

 おまけに時代の推移とともに、ジャンケットの性格やその業務内容も変遷してきた。

 ジャンケットのシステムは、STDM社として知られる澳門旅遊娛樂股份有限公司の総師スタンレー・ホー(Stanley Ho)とそのビジネス・パートナーだったテディ・イップ(Teddy Yip)が構築した、とされる。

⇒番外編その4:『IR推進法案』成立で考えること(4)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。