番外編その4:『IR推進法案』成立で考えること(8)

――(ジャンケット事業者は)「負けた人にはどんどんと金を貸す」などというコメントをしている人が居ますが、これは完全に間違いです。

 と主張する、「日本で数少ないカジノの専門研究者」を自称する「国際カジノ研究所」所長・木曽崇が、いかにカジノに関する初歩的知識すら持ち合わせていないのか、おわかりいただけたと思う。

 まあ、1年間の実習生ヴィザで、カジノ・ホテルのバフェとカフェで客の飲食物へのコンプ「審査」をやっていた(と本人が書いている)そうだから、それなら、本質的に賭博場であるカジノのシステムに関する基礎知識に欠けるのは仕方ないのかもしれない。

ちょっと話が飛ぶが、コンプというのは、打ち手に対する無料サーヴィスのことだ。

 客が坐るゲームの種類によって、「累積期待値」というのがある。数学的にハウス側が得る(はずの)収益率である。これに打ち手の「総ベット額(=ターンオーヴァー)」とコンプ係数(これはハウスによって異なる)を掛け合わせ、その金額に見合った食事とか飲み物とかが無料になるシステムだ。

 数式が決まっている。そこに打ち手の「平均ベット額」およびゲーム時間を入力する作業が、コンプ計算(=「審査」)である。

「国際カジノ研究所」所長の自己申告の履歴では、なぜかこれが、「カジノ事業者で会計監査職」をやった、となるらしい。会計監査って、公認会計士(Chartered Accountant)の資格をもつ者たちの専権業務だと思っていたのだが、どうやらわたしの勘違いだったようだ(笑)。

 この流儀でいけば、弁護士事務所で資料集めや電話番をやっていても、履歴上は立派に「弁護職」となりそうだな。

       *       *       *       *

 さて、カジノでの「回銭」に話を戻す。

 2011年11月22日、連結子会社からの106億8000万円の借り入れを巡り、井川意高・大王製紙前会長が「特別背任」容疑によって東京地検特捜部に逮捕された事件は、まだ記憶に新しい。

 大半の借金は、「マカオやシンガポールのカジノで雲散霧消してしまった」と本人も認めている(『熔ける――大王製紙前会長の懺悔録』双葉社)。

 同書によれば、連結子会社からカネを引っ張り出したのが2010年5月から。

 わずか1年強で、バカラで100億円を超す借金!

 まあ、フツ―の人なら驚く。

 しかし、マカオにある大手ハウスのVIPフロアを眺めてみると、こんなもので驚いてはいけないのである(笑)。

 たしかに末期の井川は、ハイローラーの中でも大口の部に属していたのだろう。しかしそれでもなおかつ、「鯨」賭人番付では、ぎりぎり幕内といったあたりに位置していたのではなかろうか。

 2015年2月15日の『澳門日報』に、「紅頂賭王」に関する記事が掲載されていた。

「紅頂」というのは、中国で政治権力と結託した商売人を意味する。

 邵東明は上海東鼎投資グループ会長、上海市商工連副主席、政協委員、人民代表大会代表などを兼ねた、著名な「紅頂(=政商)」である。資産、およそ数百億元(日本円にすれば数千億円~1兆円)と推計されている。

 その邵東明が、2012年12月にマカオのスターワールド・カジノ(星陵娯楽場)でバカラの札を引き、3日間で10億人民元(約190億円)を負けたそうだ。

 井川意高・元大王製紙会長は、足繁くカジノに通いながらも1年間強で100億円。邵東明は、3日間で190億円。

「鯨」賭人番付の三役とは、こういうものなのである。

⇒番外編その4:『IR推進法案』成立で考えること(9)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。