ばくち打ち
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(6)
――スートゥ(=カードの種類のこと)はスペードだろ。そのサンピンなら、花が向いていないほうの中央にマークが現れたら、そのカードは8だ。バンカー勝利で決まる。出てこないようなら、6か7だから、生き残りを懸けた無残で苦しい絞りとなってしまう。一発勝負だ。やっちゃおう。ユーコならできる。
とジャッキーが優子を勇気づけた。
天国なのか、はたまた地獄が出現するのか?
20代半ば女性の脳細胞が、じるじると悪い汁で汚されていく。
まったくエンドロフィンとかドーパミンとかは罪つくりだ。
いったん鼻から息を抜き、あらためて肺いっぱいに酸素を補充してから、生死を決するカードの絞りに、優子は取り掛かった。
肌が粟立つ、血が滾(たぎ)る。
125万円分の正念場である。
ジャッキーに指示されたとおり、優子は「花が向いていない」つまりカードのケツの方から、ゆっくりとめくり始めた。
まるで時間が止まったように。
ああ、これがバカラの打ち手たちが夢中になり、そして多くの場合資産のほとんどを失ってしまう「シボリ」の正体なのだ、と優子は悟る。
悪い汁が、脳細胞のひとつひとつまで浸潤した。
中脳周縁系の快楽サーキットが全開となって、そのサーキットでフェラーリのアクセルを極限まで踏み込んでいる状態である。
――テンガァッ~!
とジャッキーが大声で気合いを入れた。
優子もジャンケット・ルームでよく聞く掛け声である。
マークが出てこい、という意味だ。
優子はひたすらカードを絞る。絞れ、絞りつづけよ。
1ミリの数分の1ずつ。
ほんとうにスローに。
出ない。まだマークは出てこない。
出てこなければ、勝利はないのである。
死なないで、わたしの125万円!
怖い。極端に視界が狭(せば)まった。
その視界狭窄の中で、まだ現れぬスペードのマークを、ただただ希求する。
不定形でなにかよからぬものが、優子の中脳周縁系を巡る快楽サーキットで、いまにも爆発しそうだ。
下腹部がきりきりと差し込むように痙攣する。肺がさらなる酸素を求めた。
心臓はどんどこどんどこ。快感がじんじんじんじん。
――テンガァ、テンガァ、テンガァ、テンッ。
こりゃ、出てこんかっ。
カードの中央下3分の2あたりの箇所に、薄くて黒い影がかすかに浮かび上がった。
えっ、出たの?
本当か、間違いないのか?
――もっと、深く。もっと、強く。
とジャッキー。
ぶすりっ、とひと刺し。
優子は、椅子の上で前方に腰を突き出すようにしながら、カードをさらにめくり上げた。
やがてその薄くて黒い影は、実体を伴ったスペードのスートゥとして現れる。
そこにマークが現れれば、そのカードは8だ。すなわち、8対7でバンカー側の勝利。
下腹部に発し全身に向かって放射状に冷たく拡散していたぞくぞくとしたものが、脳幹を目指し一点に集中された。さざ波は大波に化ける。
集中し、収縮し、開放し、解放した。
感情などが入り込む余地のない、純粋で無垢な快楽。
ヴァジャイナが収縮し、痙攣を繰り返す。
ああっ、ああっ、ああっ。
あとは朧(おぼろ)、あとは朧。
その恍惚に、優子は痺れた。痺れまくった。(つづく)