第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(8)

 大阪で釜本と約束した「三宝商会」主催のバカラ大会は、2月の第三週末に開催されることとなった。

 本当は日本の三連休に合わせたかったのだが、この年は春節とかぶってしまう。

 北京の「反腐敗政策」でマカオへの客足が鈍ったとはいえ、春節ともなればまた別だった。

 どの大手ハウスのVIPフロアでも、「テンガァー」「チョイヤア」の掛け声が盛大に交錯する。

 この時期には日本からの打ち手たちは、テーブルの隅っこでこそこそベットするしかなかった。

 賭ける金額が違うのである。

 大陸からのVIPは、一手に10万HKD(150万円)の大型ビスケットを束ねてベットした。ぶんぶん行く。まるで、明日がないかのように。

 したがって日本からの打ち手たちは、カードに触る(つまり、「絞る」)こともできずに、テーブルの隅っこでおとなしくしているのである。

 それゆえ、春節の休暇期間は避けた。

「三宝商会」主催バカラ大会の参加者は12人限定で、一人100万HKD(1500万円)分のトーナメント・チップを購入してもらう。

 優勝は800万HKD(1億2000万円)、準優勝者には400万HKD(6000万円)の賞金が授与される。

 この賞金体系では、主催者側の取り分はなくなってしまうのだが、それでいいのである。

 参加者たちがトーナメント以外の勝負卓で回すチップ(ローリング)のコミッションで、充分商売となった。

 三位以下の賞金は、ゼロ。

 いや、本当は優勝者の総取りとして、準優勝者にはびた一文出さなくてもよかった。

 博奕のトーナメントで二着とは「負け組のボス」、三着は「ごくろうさん」、以下は同文、となるのだが、それでは客が集まらない。

 12分の1の確率では敬遠されるものが、6分の1の確率と思うと集まってくれた。

 常連客に通知を送ったら、12名の出場枠は、すぐ埋まってしまった。

 ところが、開催直前の金曜日に一人のキャンセルが出た。

 前週末に、韓国の仁川で派手にやられたらしい。

「どうしましょう?」

 と優子が訊く。

 春節を過ぎれば、2月でもマカオは暖かくなりだす。

 オフィスの大窓の外を、白鷺がゆっくりと飛んでいた。

 タイパ島の北側で白鷺を見たのは久しぶりだ、と良平は思う。

「うちの6人掛けテーブルを二台使うのだから、12人の参加者が居ないと困るね。まさか、賞金額を引き下げました、なんてぎりぎりになって通知できないよ。予告通りの賞金とすれば、参加費で穴が開いた部分は、うちの持ち出しとなってしまう」

「ほとんどの常連の方には、メールでお誘いしてみました。でもこれだけ緊急だと、さすがにいらっしゃってくださるお客さんは居ませんでした」

 と、優子がペットボトルの水を口に含んだ。

「そうだろうな。時間がないから、参加費やデポジット用の現金の手当ても難しいだろうし」

 最近の金融機関は、自分で預けたカネを引き出すのにも手間がかかった。

 その用途まで訊いてくる。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(9)

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。