第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(9)

 それ俺がお前んとこに貸してるカネだぞ、ごちゃごちゃ言うなや。そら出せ、いま出せ。全額出せ。

 と、窓口で怒鳴ってみたくなるものだが、これすべて、「マネロン天国」だった日本の過去の負の遺産のせいだ。

 おまけにこの年の秋には、日本の金融機関に国際機関FATF(Financial Action Task Force)の再審査がおこなわれる予定である。

 2008年の審査でつけられた「最低評価」から、なんとか名誉を回復しなければならない。

 それでメガバンクの大店から離島の郵便局まで、日本中の金融機関は極度に神経質となっているのである。

 参加者に穴が開けば、その分の費用は『三宝商会』が被らなければならなかった。

 1500万円は大きい。

 おそらくこのバカラ大会をやって得られるコミッションと同額程度となってしまうのだろう。

 ならば、わざわざバカラ大会を主催する意味などない。

 しばらく考えてから、

「あれ以来、カジノに打ち手として行ったことあるの?」

 と、良平は優子に訊いた。

「いえ、ジャッキーくんに誘われても、怖くて行けませんよ」

 と、優子が白く健康な歯を見せながら、笑った。

「じゃ、優子さんが大会参加者になってくれないかね」

「えっ?」

「どうせうちからは100万HKDを持ち出さなければいけないのなら、すこしでも回収の可能性を残しておきたい。ビギナーズ・ラックでの大勝利以降、負けちゃっていたなら、お願いする気はなかった。でも、あれからやっていないのなら、ビギナーズ・ラックはまだ継続中だ。そう考える」

 まあ、「科学的」な主張ではない。

 しかし、博奕における勝利というものが、そもそも「科学的」ではないのである。 

 打ち手の側は、「科学的」には必ず負ける。

 なぜなら、そういう数学的構造が組み込まれて成立しているのが、カジノで採用されるゲーム賭博なのだから。

「科学的」ではないのだが、だからといって「非科学的」では、もっとない。

 ここが、カジノでおこなわれるゲーム賭博の悩ましい部分だった。

「うちのジャンケット・テーブルで、そこの職員がカードを引く、なんて許されるのですか?」

 優子が目を丸くして尋ねた。

「うちのジャンケット・テーブルだって、ゲーミングはハウスのみの直管轄事項でしょ。現行の法制では没問題(モーマンタイ)だ。まあそれも、本年末からできなくなってしまうのだけれど。Oさんの話は知らないの?」

「ああ、日本のジャンケット経営者ですよね。そういえば、自分のテーブルで、社長自らが札を引いてる、とジャッキーくんから聞きました。なんか可笑しい」

「あれは、ある時テーブルの契約上のローリング総額が未達だったので、自分で打ちだしたんだよ。そういう状態では、通常業者間の回し合いで辻褄を合わせるのだけれど、彼の場合はそれができなかった」

「どうしてですか?」

「言っただろ。中国系の人たちとビジネスするなら、基本は『信』。彼の場合は、どこか中国系の人たちを見下したような態度を取ることが多かった。それで『信』の関係を結べなかったんだろうね。彼は仕方なく、契約のローリング総額に足りるまで、自分で打った。そうして、嵌まっちゃった」

「笑えませんね」

 と優子。

「韓国では大手のジャンケットが身売りしたのも、同様な事情だったそうだ」

「あのK貴賓会ですか?」

「うん」

 と都関良平。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。