第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(10)

「あの会社は、韓国ではカジノ事業者として大手の副社長が、独立して立ち上げたものなんだ。だから日本からの客が多くついていた。それだけじゃなくて、海外で打つ内国人の大口リストも握っていた。マカオに進出してから最初の数年は、勢いがすごかった。日本のジャンケット業者も、やっこさんの部屋を借りることが多かったくらいだから」

 ジャンケット業界の興亡史でも書いたら面白いだろう、と良平は思う。

 ほんの3年前までは、太陽城集団(サンシティ・グループ)とともに龍虎と謳(うた)われた海王集団(ネプチューン・グループ)のジャンケット部門など、いろいろと特殊な事情があったにせよ、現在では金粤控股有限公司と社名まで変えて、細々と営業している状態だ。

 一時香港証券取引所(香港交易及結算所)で80HKD(1200円)をつけた海王集団の株価は、現在は20セント(3円)前後でうろうろしている。栄枯盛衰は世の定めとはいっても、その栄華の片鱗さえうかがわせない有り様である。

「その韓国のジャンケット大手は、テーブルのローリング契約量が未達の時に、社長自らがカードを引いて、ノルマを埋めようとした。いい時もあったと聞いている。でもバカラは長く打ち続ければ、必ず負ける。ある月に大負けした。それからは、一気呵成に転がり落ちたそうだ」

「自分の会社のテーブルで、それをやっちゃんたんですか?」

 と優子が眼を丸くした。

「そもそもノルマ達成が目的だったのだから、自分の会社のテーブルで打たなければ、意味はなかろう」

 良平はつづけた。

「日本の某業者も同じ罠に嵌まっちゃったみたいだけれど」

 笑いたいが、笑えない部分である。

 いつ自分がその罠に落ちるか、わからないのだから。

 でも、自分がその立場に立てば、キャッチボールで凌ぐのではなかろうか。

 バカラ卓でのキャッチボールというのは、プレイヤーとバンカーの両サイドに同額をベットする方法である。

 プレイヤー側かバンカー側のどちらかが必ず勝つ。

 タイ(持ち点同数でプッシュ)が起きても、賭金の移動はない。

 したがって、ローリングは進むのだが、この方式ではバンカー側勝利でハウスに差っ引かれるコミッション分が失われていった(プレイヤー側勝利には、コミッションなし)。

 計算すると(バカラのルール上、バンカー側には確率の優位があるので)ターン・オーヴァー(賭金額の累計)の1%前後の損失だ。それは切羽詰まった際だけおこなうキャッチボールへの税金、とでも考えればいい。1億円分のターン・オーヴァーで、約100万円の税金となる。生きていれば、死と課税は必ずついてくる。つらいかもしれないけれど、諦めるしかあるまい。

 ところが強欲な連中は、なかなかそうは考えられないようだ。

 税金の支払いを回避しようとする。

 それで、社長自らがバカラ卓でカードを引いた。

 そして、負ける。

 負けた方が、納税するよりよほど多くの額を払っていることになるのだが、そこいらへんには眼が向かない。

 そしてジャンケットの経営者が、バカラ賭博にずぶずぶに嵌まっていった。

 俗に言う、「ミイラ取りがミイラになった」というやつである。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。