米中の攻防は5GからAIへ! ITアナリストに聞く、2020年の米中デジタル冷戦の行方

<文/深田萌絵:ITアナリスト>  米中の貿易戦争は、米国が中国の通信機器大手である中興通訊(ZTE)への制裁や、華為技術(ファーウェイ)に事実上の輸出禁止措置を発動するなど、「デジタル冷戦」の様相を呈している。現状は、中国が5G通信で先行しており、米国は守勢に回っている。  では、2020年には「米中デジタル冷戦」はどうなるのだろうか。「ファーウェイはスパイ企業」だと日本でいち早く警鐘を鳴らし、この度、最新刊『米中AI戦争の真実』(育鵬社)を上梓するITアナリストの深田萌絵氏に、「米中デジタル冷戦」の行方について語ってもらった。主戦場は「5G通信」から「AI」に移行し、特に注目すべきは「インターネット・セキュリティ」をめぐる攻防だという。

深田萌絵氏

米国防総省関連イベントでインターネット・セキュリティが注目される

 米国防総省の研究機関であるDARPA(ダーパ:米国防高等研究計画局)が開催するエレクトロニクス産業復興イベント「ERIサミット2019」にて、今年のホットトピックはインターネット・セキュリティでした。低遅延、高速・大容量通信、同時多接続機能を持つ次世代通信規格5Gのインフラ整備が進めば、これまでに培われたインターネット・セキュリティはマシンガンからの攻撃をアルミの盾で防ごうとするような脆弱なものと化してしまうからです。  2019年末から、世界のサイバー攻撃は新たなステージに突入する。 DDoS(デ ィードス)攻撃(分散型サービス妨害攻撃)と呼ばれる、ターゲットのサーバーの応答能力を超えてデータを送り付けるサイバー攻撃用の「踏み台」となってきたのは、今まではセキュリティレベルの低いサーバーでしたが、IoTデバイスの増加により今後はすべてのデバイスがDDoS攻撃の「踏み台」になるでしょう。

「人工知能のマンハッタン計画」

 「マンハッタン計画」と呼ばれる技術開発計画を聞いたことがあるでしょうか。とは言っても、1940年代に米国が原子爆弾を開発するために、エンジニアや物理学者を総動員した核兵器開発計画のことではありません。米大手IT企業が始めた「人工知能のマンハッタン計画」のことです。そのIT企業のAIは検索エンジンとして世界トップに君臨しています。  AIを長年研究してきた彼らは、当初、人々の行動から発生するビッグデータを解析しているうちに人の行動を予想できるようになると考えていました。その解析結果をもとにAIでパーソナライズ(個人に最適化)された広告を打ち出すと、かなりの確率で推薦商品が売れます。  その研究を続けているうちに、彼らはあることに気が付きました。「AIが人の行動を予測しているだけでなく、AIが出した予想が人の行動に影響を与えている」ということにです。  例えば、ネットで書籍を購入する時に、人がウェブサイトからの「おすすめ」や高評価のレビューを見て、購入の意思決定を行うように、AIは人の行動を予測するプログラムから、人の行動に影響を与えるプログラムへと進化しています。

世界中のインターネットの検索結果をコントロール可能か?

 巨大なIT企業の取締役会議で、あるストラテジストが研究結果を基にこう口火を切ったそうです。  「これまでは、私たちは手にした富でロビイ活動を通じ政治家を動かしてきたが、今後はその必要はないと気が付いた。私たちは、世界のインターネットの入り口のほとんどを支配している。AIで米国市民が誰に投票するかの投票行動を支配し、それを通じて政治家を支配できる」  検索エンジンを通じて得られる検索結果を操作すれば、人のマインドを操作できるというのです。それを聞いた他の役員は、その言葉に憤りを覚え、声を荒げました。  「もし、テクノロジーで米国市民を支配できるなら、なぜ、君は世界を支配しようと思わないのだ?」  すると、そのストラテジストはこう答えました。  「それだけのコストは誰が支払うのだ?」  そうなのです。世界中のインターネットの検索結果をコントロールするといっても、まず世界中にネットワークインフラを築かなければなりません。海底ケーブル、地上の基地局、ネットワークサーバーなどの莫大なインフラコストを賄える企業なんてこの世にはありませんでした。巨大な独裁国家以外は、です。

中国「グレート・ファイアウォール」の父への思わぬ仕打ち

 その会議から少し遡りますが、2011年5月、中国で国内と国外のインターネットを分断するネット校閲システム「グレート・ファイアウォール(GFW)」の父・方濱興(ファン・ビンシン)という人がいます。  方濱興はコンピューターサイエンスの分野においては秀才と呼ばれていました。メモリのデータコリジョン(信号が衝突することでデータが壊れる現象)を回避するソリューション設計や、「コンピューター・ウィルス及びその予防技術」で賞を受賞し、ソフトウェア、ハードウェア分野での権威となった人物です。  ITを志す中国の若者から尊敬を一挙に集めていた彼でしたが、ある日異変が起きました。中国のニュースサイトが方濱興を、中国人の海外への自由なインターネットアクセスを妨げる“中国防火長城(GFW)の父”として誇らしげに報道しました。  しかし、これが中国のネット民の間で物議を醸す事態となりました。中国のIT発展を担ってきたと信じられていた人物が、実はネットを遮断し、自分たちを取り締まっている体制側の人間だったと、中国ネット民が気が付いてしまったのです。  ネット民の腸は煮えくり返りました。息苦しい社会から唯一外界に触れられる手段であるインターネットが検閲されていたということは、自分たち中国国民のインターネットは、かつてのナチス・ドイツ支配下のアウシュビッツにおけるユダヤ人の手紙と大差ない状態に置かれていたということに気が付いたからです。  2011年5月に武漢大学で方濱興の授業予定が公開されると、それを見たあるネット民が中国式ツイッター微博(ウェイボー)に、インターネットの自由を阻害する方濱興を攻撃すれば「懸賞」を与えると投稿しました。  これに呼応した学生たちは、方濱興が大学に姿を見せるや否や彼をめがけて卵や靴を投げたのです。慌てて周囲の教員が、飛んでくる卵や靴をブロックして回ったためにほとんどが外れましたが、一足の靴が方濱興に命中しました。その靴はインターネットの自由を象徴する「怒りの靴」と呼ばれるようになりました。  この騒ぎに参加したネット民はCNNのインタビューに、「私は方濱興の行い(GFW開発)が嬉しくない。無料でアクセスできるはずのサイトに、余計な金をかけてアクセスしろと言われたようなものだ」と答えています。GFWで検閲してコントロールしているはずの国民は、既にインターネット経由で諸外国の情報に触れることに慣れてしまっていたために、検閲に対する不満が表面化したのです。

いかに諸外国の情報を中国共産党に都合よくコントロールするか

 「これは大問題だ」と、GFW開発を支持した中国共産党幹部は漏らしたことでしょう。それも当然で、中国の成長を支えるのは、「海亀(ハイグイ)」と呼ばれる留学組だからです。留学組が先進国でコンピューターサイエンスやIT技術を学ぼうとすればするほど、必ず自由なネット空間に触れます。自由な言論に一度触れてしまうと、その楽しさを祖国の中国人にも情報共有し、VPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)」を利用して海外のインターネットで自由な情報に触れるように勧めるようになるでしょう。そうすれば、これまで統制されてきた国内情報のウソが国民にバレて不満分子が増えるというわけです。  それこそが、アメリカの狙いだったと中国政府は気が付きました。中国共産党は、すべての外国の情報をいかに遮断するかを協議してきたのですが、中途半端な形で遮断することにより、逆に不満分子を国内に抱えてしまうリスクに直面しました。  では、「いかに諸外国の情報を中国共産党に都合よくコントロールするのか」が次のステージの争点となるべきではないか。そんな議題が中央のテーブルに上がるようになりました。

防御に徹していたGFWを攻撃ツールにアップグレード

 その課題を小耳にはさんだのが、鄧小平(とう・しょうへい)の右腕で元中央軍事委員会副主席劉華清(りゅう・かせい)の娘、劉超英(りゅう・ちょうえい)でした。彼女は中国の軍事関連の通信のうち、衛星通信技術を人民解放軍のために開発していましたが、2000年前後からクリントンの献金疑惑で米国政府から目を付けられていたために身動きが取りづらくなっていました。そこで異母妹にあたる父の愛人の娘マダム・リーに、民生用と軍事用のどちらにも利用できるデュアルユースのIT技術調達を任せることにしました。  マダム・リーは、IT技術関連のことは劉鵬(りゅう・ほう)という解放軍理工大学教授でクラウドセキュリティの専門家に相談していました。そして劉鵬は米プラットフォーム企業に顧問として出入りしていました。 劉鵬は、大手IT企業の「AIのマンハッタン計画」をマダム・リーに話しました。  「AI技術を活用すれば、何も案ずることはありません。ネット情報をユーザーが見ても、認識しないか重要だとは思わないようにコントロールする技術が米国にはあります。それには、防御に徹していた中国のグレート・ファイアウォールを攻撃ツールにアップグレードしなければならないし、そのためにはソフトウェアだけでなく半導体への投資も必要です」  たとえ中国国民が海外で情報に触れても、それが重要ではない、あるいはウソだと感じるように、AIで国民のマインドを操作すればいいというのです。さらには、外国人の中国に関する情報認識まで、中国共産党の思うように操ることもできるようになります。それには、AI技術を持つ企業との連携が必要ということです。  これにより、GFWはこれまでの中国共産党を海外情報から守る役割から、海外の情報をコントロールする攻撃ツールとして変貌を遂げることになるのです。 【深田萌絵(ふかだ・もえ)】 ITビジネスアナリスト。Revatron株式会社代表取締役社長。本名・浅田麻衣子。早稲田大学政治経済学部卒。学生時代にファンドで財務分析のインターン、リサーチハウスの株式アナリスト、外資投資銀行勤務の後にリーマンショックで倒産危機に見舞われた企業の民事再生業務に携わった。現在はコンピューター設計、チップ・ソリューション、AI高速処理設計を国内の大手企業に提供している。最新刊は『米中AI戦争の真実』(育鵬社)。YouTubeで「WiLL Moe Channel」開局中。
米中AI戦争の真実

米中デジタル冷戦の舞台は5G通信からAIへ! 米中が繰り広げるAI戦争の実態は「監視」と「言論統制」だ! 5G通信で世界のビッグデータ収集を企む中国はAI開発に参戦、情報覇権を狙う。 追い詰められたアメリカは量子コンピューターで起死回生を図れるのか? 日本の技術力がこのAI戦争のカギを握る!

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