EU離脱確実のイギリス――ブレグジットでノンポリ層の選挙票をコントロールしたビッグデータとAI

<文/深田萌絵:ITアナリスト>

ビッグデータを基に個人の嗜好を分析し行動予測できるAI

 AIは、インターネットを通じて得たビッグデータを基に、個々人の嗜好を分析して次の行動を予測することができる。  例えば、IT関連の書籍をよく買う男性に新刊の広告を見せると、男性は無意識にそれをクリックする。つまり、「AIが未来を予測し、AIの予測に基づいたターゲットの意識操作が未来を変える」という人工知能と人間知能の相互作用で未来が形成されているということができるだろう。  企業の製品を宣伝して、潜在層にそれを購入させることができれば、そこから得られる利益は莫大である。  しかし、もっと大きな利益を得られるのは、間違いなく政治だ。民主主義世界における有権者の票は現金以上の価値がある。ロビイ活動を行わなくても、自分たちの企業に都合よく働く政治家を当選させれば利益が得られるからだ。  ビッグデータから政治的傾向を解析し、検索エンジンのオートコンプリート機能で任意の言葉を浮上させ、SNS上ではカスタマイズされた広告映像によるサブリミナル効果でターゲットを洗脳し選挙行動に影響を与える。そういった技術の研究を大手IT企業が始めており、それを政治コンサルタントが利用しているという事実を見逃すべきではない。

ノンポリ層の選挙票掘り起こしに成功したブレグジット

 イギリスのEU(ヨーロッパ連合)からの離脱に必要な関連法が1月23日に成立し、1月末のEU離脱が確実になったが、 2016年に行われた「イギリスの欧州連合離脱の是非を問う国民投票」をドキュメンタリー映画化した『ブレグジット EU離脱』では、政治ストラテジストであるドミニク・カミングスが、これまで投票をしたことがない300万人のノンポリ層にアプローチする計画を立てる様子が描かれている。そこに利用されるのが、SNSである。SNSのデータを利用すれば、潜在的に似たような考えを持つ層をビッグデータから抽出することが可能である。それらの得られたデータを分析し、計画遂行に活用するデータドリブンが行われたのだ。

2019年のイギリスのテレビ映画『ブレグジット EU離脱』(公式ウェブサイト https://www.hbo.com/movies/brexit より)

 映画ではAI技術を駆使して、相対する陣営が「ここにアプローチする必要はない」と思い込んでいる投票しない層をターゲットにして心理的に誘導していく様子が描かれている。「VOTE LEAVE(離脱に投票)」というスローガンを中心に、「TAKE BACK CONTROL(支配権を取り戻せ)」、「毎週3・5億ポンドをEUに送っている」などの、「EUを離脱すれば英国民が豊かになれる」というプロパガンダを、相対する陣営が相手にしなかった層に送り続けた。  どんなに興味がなくても、心理学で用いられる「単純接触効果」を用いれば、人は受け入れやすくなる。挨拶したことのない隣人より、特に話はしなくても毎日のように挨拶してくれる人に好感を持つのと同じだ。 「単純接触効果」による刷り込みで、それまで政治に対する関心が薄かった人たちはアッサリと「EUを離脱すれば生活が良くなるかもしれない」と誘導されていく。  ここで怖いのは、保守、リベラルなどある種の政治思想に偏っている層よりも、これまで政治に関心がなかった層の方が政治的に偏ったメッセージを疑いなく受け止めやすい傾向があるということだ。  2016年6月23日に開かれた国民投票の結果は51・9%対48・1という僅差でEU離脱が可決した。その発表からポンドが暴落する様子を見て英国民は混乱に陥るのだが、最も混乱したのはターゲットにされたノンポリ層だ。我に返ってみると、なぜ、自分たちが投票したのか分からない。よくよく考えてみると、EU離脱がどういう影響を自分たちに与えるのかを理解していなかったのに気が付き、不安が巻き起こった。潜在意識に対する刷り込みで投票した反動も伴ってか、国民投票のやり直しを求める署名が数日で350万人分集まってしまったのだ。

潜在的に望まないことをさせるためのマインドコントロール

 ところで、催眠術は本人が潜在的に望まないことはさせられない。例えば、自殺願望のない人に催眠術で自殺させることはできない。しかし、「あなたは羽根が生えてきて飛ぶことができる」という催眠にかければ、窓から飛び降りる行動を取らせることは可能だそうだ。  では、人間の投票行動を変化させるには、どうするか。既にブレグジットに賛成や反対などの固い意志がある層ではなく、ノンポリ層をターゲットにすることだ。ノンポリ層を抽出し、幸福感とトラウマのアメとムチによる催眠映像を作る。  例えば、ナチスを恐れている人に向けて「ブレグジットが達成できなければ、独裁者に支配される」という映像にハーケンクロイツという嫌悪感を抱かせるシンボルを組み込む。この映像を「ブレグジットに賛成すれば、自分は幸せになれる」という人々が笑顔になっている映像と共に流す。これを何度となく繰り返すのだ。  英国における国民投票の結果は、みなさんご存じの通りだ。普段、深い考えを持たないノンポリ層が投票行動に移ったことで、英国の未来は変わってしまった。そして、賛成票を投じた人の多くは、急落するポンドを見て自分たちがなぜ賛成票を投じたのか理解できずにパニックに陥ったのだ。当然だが、考えて投票したのではなく、マインドコントロールによっての賛成票なので、現実を見て混乱してしまうのも仕方がないだろう。 【深田萌絵(ふかだ・もえ)】 ITビジネスアナリスト。Revatron株式会社代表取締役社長。本名・浅田麻衣子。早稲田大学政治経済学部卒。学生時代にファンドで財務分析のインターン、リサーチハウスの株式アナリスト、外資投資銀行勤務の後にリーマンショックで倒産危機に見舞われた企業の民事再生業務に携わった。現在はコンピューター設計、チップ・ソリューション、AI高速処理設計を国内の大手企業に提供している。最新刊は『米中AI戦争の真実』(育鵬社)。YouTubeで「WiLL Moe Channel」開局中。
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