ダメなんだよホメちゃ――連続投資小説「おかねのかみさま」
――22:40 蒲田 スナック座礁
マ「ヒマね」
村「ヒマな店だな」
マ「学長でも来ないかしら」
村「アイツは最近タイパブにハマってるからな」
マ「タイパブ?」
村「タイパブ。金曜日と土曜日はバイキングも出る」
マ「あらぁ、なんでもありだわねぇ。ウチもやろうかしら」
村「何出すんだよ」
マ「んー、カレーかしら」
村「あのな」
マ「なによ」
村「カレーにこだわるスナックってのはな、客側はやりにくいんだよ」
マ「なんでよ」
村「食ったあと、感想求められるだろ。目の前で」
マ「ま、まぁそうね」
村「だけどカレーってのはそんなに驚きがないんだよ。辛いだろーなーって思いながら食べて、だいたい少し辛めで、ちょっと舌に残るスパイスとかショウガとか、こだわった形跡は感じられるからこそ、逆にそこに気づいてホメてやらないといけないプレッシャーが客側に襲いかかるわけだよ」
マ「いいじゃないの!素直にホメれば!」
村「ダメなんだよホメちゃ」
マ「なんでよ。誰だってホメられたらうれしいわよ」
村「ホメたらそいつはその方向に努力する。そしてまたもっとホメられようとする。だからスナックのカレーをホメると、いつのまにか酒を飲む環境には向かない涅槃感のある店になっちまうんだ」
マ「そんなことないわよー」
村「ある。俺はいままでにそういう店を3軒見てきた。もし俺があのときの雰囲気に流されずに【普通だな】って言ってやってたら、いまでも気分よく飲める店でいたはずだ。俺はアイツらに『才能がある』って勘違いさせちまったんだ」
マ「むらちゃん考えすぎよー。何かに没頭するってとってもいいことだとおもうわ」
村「そう、没頭。だから客のほうを見なくなるんだ。ラーメン屋でもそういうところは確実にウザい」
マ「あー、それはわかるかも…」
村「な、カレーとラーメンは一度始めたら手ぇ抜けなくなるんだから、いまのまま怠け者が安心して来れる店でいてくれたらいいんだよ」
マ「ホメてないわよね?」
村「気にすんな」
健「こんばんわ…」
マ「あらぁ!健太くん!どうしたの?ひとり?」
健「あ、はい。いいですか?1,200円しかないんですけど…」
マ「いいわよぉ♡鏡月のボトルでちょっとあいてるのがあるからそれ飲んじゃって」
健「え、でも、誰かのボトルじゃないんですか?」
マ「だいじょぶ♡いろいろあってもう来ない人だから」
村「よかったな。お前はツイてる」
健「あ、ありがとうございます…」
村「どうしたんだお前、まだバイトの時間じゃねぇのか?」
健「師匠…ぼく…つかれました」
村「そうか。飲め」
健「はい…」
マ「どうしたのー?なんかイヤなことでもあったの?」
健「なにもないんです」
マ「ならいいじゃない」
健「いや…ぼくの人生…なにもないんです…」
村「そうか、飲め」
健「はい…」
マ「なにもないのもいいもののよー。私なんか磁石のように変なひとが集まってくる人生しか送ったことないから、なにもない人生に心から憧れるわー」
健「そうでしょうか…」
村「飲め」
健「はひ」
マ「そんなもんよ。だって、みんな将来の心配をするからその心配事が起こらないようにがんばって仕事したり準備するんでしょ。だったらなにもないことはみんなにとっての理想ってことじゃない。ちがう?」
村「いいこというじゃねぇか」
健「そうなんです。それはわかるんです。でも僕ふと気づいてしまったんです」
マ「何に?」
健「その考え方でいうと…結局一生心配しながら仕事し続けることになるんじゃないかって…」
村「なるほどな。いいこと いうじゃねぇか。飲め」
健「はひぃ」
マ「で、そんな日常に何かアクセントが欲しくてこの店に来たってことね」
健「いや、えと、そうなんですけどそうじゃなくて」
村「なんだよ」
健「ぼく…こないだ学長さんが言っていたことを勉強させていただいて…起業とかしてみたいなーって思いまして…」
マ村「キギョウぉ!???」
次号へつづく
【大川弘一(おおかわ・こういち)】
1970年、埼玉県生まれ。経営コンサルタント、ポーカープレイヤー。株式会社まぐまぐ創業者。慶応義塾大学商学部を中退後、酒販コンサルチェーンKLCで学び95年に独立。97年に株式会社まぐまぐを設立後、メールマガジンの配信事業を行う。99年に設立した子会社は日本最短記録(364日)で上場したが、その後10年間あらゆる地雷を踏んづける。
Twitterアカウント
https://twitter.com/daiokawa
2011年創刊メルマガ《頻繁》
http://www.mag2.com/m/0001289496.html
「大井戸塾」
http://hilltop.academy/
井戸実氏とともに運営している起業塾
〈イラスト/松原ひろみ〉
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