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新海ウオッチャーが語る「『君の名は。』の超ヒットと匂い立つエモさ」

モノローグ劇のエモさからポリ・モノローグへ

 これまでの新海誠によく見られたのが、男性主人公のモノローグ多めの一人称視点。感傷的なひとり語りの雰囲気と、主人公の心情を反映した美術が新海誠作品の全体的なカラーを決めていた。  そのため、これまでの新海誠作品の作品世界は感傷的なモノローグに切実性を持たせるための鏡的立ち位置、はっきり言えばカキワリに見えがちだった。逆にその点が、主人公以外の世界をびっちり考えるより、この感傷的なエモーショナルを感じろ! というメッセージにもなっていた。  それが『君の名は。』では、身体の入れ替わりの必然として男性主人公「瀧」視点、女性主人公「三葉」視点の2つが登場するため、独白という独りよがりに見える形式ではない普通の恋愛映画のように見えて一般性が確保された大きなポイントになったと思える。
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(C)2016「君の名は。」製作委員会

 ただし、観察すると『君の名は。』では、この恋に落ちる二人が会話らしい会話をしていないことに気づく。メモや伝聞をたよりにお互いの本当の姿を知らないまま順番に片側からの視点とモノローグが繰り返されるのだ。観客は両方の視点からの語りを聞くことで、あたかも二人が恋を育む過程を見ているような気持ちになるが、どちらかの主人公からのみストーリーを眺め直すと、遠く離れた異性と伝言の交換をしながら、実際には出会えないことに気づくという、これまでの新海誠作品のテーマが繰り返されている。  つまり、同じ舞台を共有したモノローグ主体の物語を交互に覗くことで、三角測量のように焦点が合い、これまでの新海誠作品と一線を画するカキワリではない作品世界に見えるという構造になっているのではないか。  この男女のモノローグのやり取りという不思議なパラレル・モノローグとでも言うべき描かれ方を経由することで、これまでの新海誠作品では観客のツッコミの対象になったであろう、「スマホを使っていながら何か月もすれ違いまくる」といううっかりさんな奇跡を、生き生きとして見えるようになった他の登場人物や都市の顔の影に隠してしまうことに成功している。

優等生の顔から覗く、凶暴な感傷

 『君の名は。』の新海誠の過去作品を知っているものからは信じられないほどの大ヒット。その理由として、普段映画を見慣れない層でもわかりやすい構成と、過剰なまでに説明されるストーリーの間口の広さはもちろん語られるべきだ。が、それだけでは、普通によくできた映画というだけではある。  作品の外面は優等生的なのにかかわらず、『君の名は。』のそこかしこから匂い立つ、主人公二人の出会いのエモーショナル・エモい感動のために「細けえことはいいんだよ!」と、設定を深掘りしない、豪快に棚上げしてでも、感動できることが最優先!という貪欲な姿勢。そこから生まれたいびつな感触が観客のプリミティブな感情を揺さぶったのではないだろうか。  これまでは過剰なセンチメンタリズムが冷笑の対象にもなりがちだった新海監督の“本当に描きたい衝動”と、新しい観客たちは幸福な出会いをしたのではないかと数度目の『君の名は。』を鑑賞したあとにしみじみ感じたのだった。〈文/久保内信行〉
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【声の出演・スタッフ】
神木隆之介 上白石萌音
成田凌 悠木碧 島崎信長 石川界人 谷花音
長澤まさみ 市原悦子

監督・脚本:新海誠
作画監督:安藤雅司
キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:RADWIMPS

全国東宝系にてロードショー中
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