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宗教団体の総本山で信者専用の巨大釣鐘を鳴らせ!――爪切男のタクシー×ハンター【第九話】

 ここまで読んだのなら最後まで読んでください。  ある時、そんなヤリマンが信仰する新興宗教の総本山への参拝に誘われた。少し警戒はしたものの、「総本山」という言葉の魅力的な響きに負けて同行することにした。所詮カルト宗教の総本山なんてたいしたことないとたかをくくっていたら、城門と見間違えるほどの壮大な造りの門を構えた大きな寺が私の前に姿を現した。背筋に寒気を感じつつも彼女と一緒に城門をくぐる。その時、ちょっとした悪戯心から、門の敷居を踏んでみたところ、先ほどまで笑顔で出迎えてくれていた信者の顔色が変わり、この場で公開リンチされるのではないかというほどの物々しい雰囲気となった。しょっぱい試合をした坂田亘をボコボコにする時の前田日明に近い殺気と言えばおわかりいただけるだろうか。  もはやここまでかと思った瞬間! 「彼はまだ済まされていないのです!」  とヤリマンの声が響き渡った。その言葉を聞いた信者は「済まされていないなら仕方がないですね……」と私を許してくれた。無事に門をくぐった後「済まされてないって何?」とヤリマンに問いかけたが、ヤリマンは答えなかった。  簡単に受付を済ませた後、三畳半程の小さな部屋に通された。まずは宗教団体の概略説明を受け、その次に、この宗教の開祖であり現人神である十勝花子によく似たババアの説法が収録されたビデオを見せられた。ババアの視線は常に右下を見つめていた。おそらくカンペでも読んでいるのだろう。こんな物で私の心は誤魔化されないぞと思っていたのだが、現人神の独特な語り口と狭い部屋に閉じ込められている圧迫感から、自分の精神があちら側に持っていかれそうになるのを感じた。そんな私を救ってくれたのは、目の前のビデオデッキの上に置かれてあった「ニルヴァーナ LIVE」と書かれたビデオテープだった。私の頭の中に流れる「Smells Like Teen Spirit」のメロディ。その調べが私の洗脳を解いてくれた。ニルヴァーナを聴いてるような奴らの宗教に入るわけにはいかない。何とか無事洗脳されずに生還した私に「これであなたは半分を済まされましたからね!」と信者が声をかけてきた。あと半分か。  その後、祈祷をするために造られた大本堂に通された。中央に白塗りの賽銭箱が置かれており、その上に笑っちゃうほどに巨大な釣鐘が設置されている異様な光景が目の前に広がっていた。信者たちはお布施を納めた後、鐘を鳴らしてお祈りをするという流れだった。注意深く観察していると、人によって鐘を鳴らす回数が全然違うことに気づいた。どうやらお布施の額が多い人ほど、たくさん鐘を鳴らせるというシステムだった。異様な光景ではあるが、ここまで来たらなんとか鐘を鳴らせたい。入信はしていないがお試しで鐘を鳴らせはできないものか。ヤリマンにその旨を相談したところ「済まされていない人は鐘を鳴らすことができない」と一蹴されてしまった。先ほど「半分は済まされた」と言われたのになんともケチ臭い宗教だ。あの鐘を鳴らすためだけに半年間だけでも入信しようと思ったが、巨大な鐘を楽しそうに鳴らしているヤリマンの姿を目の当たりにした時、「あと1発だけヤらせてもらってから別れよう」と冷静な判断ができた。ヤリマンと別れる決心をさせてくれたことだけは、その宗教に今も感謝している。  以上が私の鐘にまつわる思い出である。
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披露宴が行われる会場のテーブルで…
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死にたい夜にかぎって

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