赤毛ヤリマンとの切ない恋の話――爪切男のタクシー×ハンター【第八話】
―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。
【第八話】「二人の女で悩んだら銃の似合う女を選びましょう」
ペンギンだ。
今回のタクシー運転手はペンギンに似ている。誰がなんと言おうとペンギンだ。ペンギンの癖にとにかくよく喋る。
「お客さん、私ね、今はしがないタクシー運転手しているんですけどもね」
「……」
「いつか、タクシー運転手にしか書けない本を書いちゃおうと思ってるわけです」
「どんな本をお書きになるんですか?」
「それね! もう決めてます。お客さんから恋の話を聞きましてですね!」
「……」
「タクシー運転手が聞いた切ない恋の話! みたいな感じでいこうと思ってます。はい」
「まぁ……需要はありそうですね……」
「なので、お客さんにもご協力いただければとね! ひとつお願いします! こう……胸にキュンとくるのを! 是非!」
「じゃあ……お力になれるかわかりませんが、暇つぶしに話してみますね」
「はい! ありがとうございます! ドンと来てください!」
私が編集長を務めていたメルマガ編集部は、私以外のライターが全員ラッパーという特異な環境に加え、全員が男ということで非常にむさ苦しい職場であった。
ラッパーと一緒に街へと取材に繰り出した時、しばらく会っていなかった友人と偶然出くわしたラッパーは、路上にもかかわらず激しいハグを交わし、お互いの友情を確かめ合っていた。困ったことに、その友人が私にもハグを要求してきた。相手がヤク中丸出しの強面ということもあり、無下に断るわけにもいかず、仕方なくハグをしたのだが、さらに困ったことに、見ず知らずの男に抱きしめられただけなのに、私の心に安らぎという感情が生まれてしまったのだ。初めて会ったヤク中男に激しく強く抱きしめられる私の身体。乱暴な手つきなのになんと心地良いのだ。当時同棲をしていた彼女と抱きしめ合ってもこんなに心が落ち着くことはなかった。男に抱きしめられる快感に味を占めた私は、同様の機会があるたびに自分からハグを求めるようになっていった。家には愛する彼女が待っている。見知らぬ男に抱きしめられて心の安定を得る。稼いだ金でピンサロ、ホテヘル、ソープと風俗三昧。仕事の疲れが原因かはわからないが、少しずつ自分の精神が崩壊していくのを自覚していた。
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
この連載の前回記事
【関連キーワードから記事を探す】
ドラマ『孤独のグルメ』原作者・久住昌之の最新食エッセイ 『麦ソーダの東京絵日記』発売決定!
コロナ禍だからこそ読みたくなる! 『もはや僕は人間じゃない』に込めた破壊と癒し
作家・爪切男最新作『働きアリに花束を』 空気階段・鈴木もぐら氏が帯コメントを担当!
ふかわりょうがテレビを大事にするワケ「僕はSNSと親和性が高くない」
『働きアリに花束を』書影完成! 爪切男「最近定年退職した私の父に最大級の感謝を」
「すぐそこやないか。歩け」と暴言を吐かれた…「京都の個人タクシーは最悪」と主張する男性が受けた非道の数々
後部座席でイチャイチャしていたカップルが…タクシー運転手が“気まずかった”客5選
急増するJPNタクシー、現役ドライバーが明かす不満点「車内空間は広いけど」
子供だけ乗車して…親はバイバイ?タクシー運転手が見た「配車アプリ」で増えた“変わったお客さん”たち
雨の日に「シートを濡らさないで」?目的地に着いた途端、タクシー運転手が失礼すぎる行動に
死にたい夜にかぎって空にはたくさんの星が輝いている――爪切男の『死にたい夜にかぎって』
人生の岐路に立たされたときこそ“テキトーな占い師”を頼りたい――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第8話>
女性の前を歩いてリードする? それとも後ろを歩いて見守る派?――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第7話>
コインランドリーでゴムをばらまく“コンドームおじさん”を追え!――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第6話>
借金取りを本気で殺そうとしたプロレス少年の愛と絶望――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第5話>
副業3600万円のブロガー、マジメに確定申告したら税金がヤバいことに…
漫画家ゴトウユキコ「性描写は恥ずかしいけど描かないとだめになる」
新卒の会社をすぐ辞めてブロガーに…年間300万円のスポンサーがつくようになるまで
3年間で500記事を書き散らしたブロガー“勝手につくば大使”の苦悩――「やめちまえ!」と言われてもつくばが好きだから…
女への憧れと憎しみを抱いて生きてた。それでも出会った女はみな天使だった<話題の派遣社員・爪切男インタビュー>
死にたい夜にかぎって空にはたくさんの星が輝いている――爪切男の『死にたい夜にかぎって』
人生の岐路に立たされたときこそ“テキトーな占い師”を頼りたい――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第8話>
女性の前を歩いてリードする? それとも後ろを歩いて見守る派?――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第7話>
コインランドリーでゴムをばらまく“コンドームおじさん”を追え!――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第6話>
借金取りを本気で殺そうとしたプロレス少年の愛と絶望――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第5話>
コインランドリーでゴムをばらまく“コンドームおじさん”を追え!――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第6話>
「病気になる人の思考回路には共通点がある」ガン含め数百人の病を“やめさせた”メンタルトレーナーが断言
前世の記憶を引き出せれば方言も外国語もペラペラになれる!? 山口敏太郎の「退行催眠」体験談
「どうなったか見たい?」彼女は私のボーナスで女性器を手術した――爪切男のタクシー×ハンター【第三十話】
『君の名は。』の世界は現実に起こりうる!? “過去を物理的に変える”カウンセラーの周りで起きる超常現象の数々
離島で“男女の仲”になった先輩教師と本土で再会。ラブホに誘われたけど…――大反響・仰天ニュース傑作選
“初体験”の相手をSNSで募集した男性の顛末。意を決してラブホに行くが大失敗
人肌恋しくて“オトナのお店”に。「45分7000円」のはずが3万7000円まで膨れ上がった顛末
“女性とは未経験だけど日本一のイケメン”があえてカノジョをつくらないワケ「30歳まで貫いて確かめたい」
「恋愛ってけっこう面倒くさい」彼女いない歴=年齢の青年が“自分を変えたい”と決意するまで
この記者は、他にもこんな記事を書いています