「終わらせる勇気がないと何かを始めることはできない」――爪切男のタクシー×ハンター【第六話】
―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。
【第六話】「終わらせる勇気がないと何かを始めることはできない」
日々のメルマガ編集作業だけでも忙しいのに、外国のエロ動画を紹介するサイトの運営まで受け持つこととなった。自分のヨットを何艇も保有するぐらい海を愛していた社長が、逗子海岸に沈む綺麗な夕日を見ながら「エロサイトの運営をはじめよう」と決意したことがきっかけである。夕日を見ながら思い付くことではないだろうとも思ったが、自分が世話になっている人が夕日を見ながら思い付いたことは出来るだけ叶えてあげたいので、渋々だが引き受ける運びとなった。
私が組んだ最初の特集は「ビートルズを聴きながら見たいエロ動画」だった。なんでも初回にはビートルズを持ってくれば、ほぼ間違いないのだ。我が社のエロ動画サイトは、その後も「相対性理論をエロ動画一本にまとめたらこのエロ動画になります」などの特集を組み続け、綺麗な放物線を描きながらの迷走を続けたが、それでも一日に2万~3万アクセスとそこそこのアクセス数を稼いでいたので、世の男はエロ動画が見れたら何でもいいのだろう。
エロ動画サイトの運営開始に合わせ、メルマガのエロ要素も増加させようという方針になり、風俗店への取材や、路上の立ちんぼの実態調査をすることになった。まずは、何事も編集長である私からということで、路上で風俗の呼び込みをしている黒人への突撃取材をすることになった。彼らは、センター街の真ん中で、服屋の勧誘の振りをして白昼堂々キャッチをしているが、服屋に付いて行ってみると、いきなり違法風俗店を紹介してくるという仕組みだそうだ。
センター街に向かってみると、大柄な黒人が、道行く男たちに「うちは素敵な服を売ってるよ!」と流暢な日本語で声をかけていた。黒人の顔は、ジャズピアニスト界の巨匠にして「鍵盤の皇帝」ことオスカー・ピーターソンによく似ていた。そこまで詳しくはないが、そこそこジャズを愛聴していた私は、不意に出会った渋谷のオスカー・ピーターソンに親しみを覚えつつ、気軽に話しかけた。
「すいません、あなたのお店で帽子も売ってますか?」
「うん! もちろん!」
「よかった! 僕に似合う帽子とか選んでくれますか?」
「いいよ! でも、お兄さん、かっこいいから、似合わない帽子なんてないよ!」
嬉しい事を言ってくれるオスカー・ピーターソンだ。早速、近くにあるお店まで案内してもらうことに。その道すがらも陽気に話しかけてくるこの気のいい黒人が違法風俗を紹介しているなんて、にわかには信じられない事実だ。案内されて到着した場所は、おしゃれな服屋さん。黒で統一されたシックな店内にスローでメロウなHIPHOPが流れている。HIPHOPとストリート系が混じったセレクトショップといった感じだ。
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!
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