前だけ見てちゃいけないんですか?――連続投資小説「おかねのかみさま」
健「はい…」
マ「やっぱり、すごいお客さんいっぱいいた? 芸能人とか」
健「いえ、はい、すごい方たくさんいたんですが、それよりもこう死神さんに格の違いを見せつけられちゃって…」
マ「がみちゃんに?」
健「はい…すごいんです。あのひと、っていうかあのシニガミ。気づいたら理想的な場所に理想的な状態で現れて、さりげないんです。なにもかもが」
マ「まぁね。健太くんよりも先に働き始めてるんだから、仕事ができるのはあたりまえなんじゃないの?」
健「僕もはじめはそうおもってたんですけど、なんていうんですか、僕が1年がんばったらああなれるかって考えてるうちに、次から次へといろいろ起こりまして、ひとつひとつの出来事に弱いこころがポキポキ折れていきまして、最後にシニガミさんにこう言われて打ちのめされたんです」
マ「なんて?」
健「カンガエルナ、カンジロ」
マ「深い」
健「そうなんです。僕、しにがみさんのことタダの死神だとおもってすこし馬鹿にしてたところがあったんですけど、そのひとことでなんというか完全な敗北感が襲ってきまして、情けないことにバックヤードで泣いちゃったんです。そしたら死神さんが僕にメガネクリーナー渡しながら『ナミダフケ』って言うもんですから、余計に泣けてきちゃって」
マ「メガネクリーナーは拭きにくいわね…」
健「はい…」
マ「でもねけんたくん、ありきたりな言葉だけども、はじめはみんなそんなもんよ。あたしだって言えた柄じゃないけど、このお店を始める前は前しかみてなかったもの」
健「前…前だけ見てちゃいけないんですか?」
マ「んー、そうねぇ。前見るのは後ろ向きなのよりマシだけど、誰かのためではないのよね。だからお客さんに気分良くすごしてもらうためには、目の前を見るよりもちょっと先の未来を予想し続けるほうがいいかな」
健「ちょっと先の…未来…」
マ「そう。長くやってるとわかるようになるもの。だからまだわかんなくても大丈夫。死神さんが言いたかったのはそういうことじゃないかしら…」
健「カンジロですね…」
マ「そうね」
健「僕…あしたからやってみます」
マ「がんばってね」
健「ママさん…僕…カラオケ歌ってもいいですか?」
マ「ううん、ダメ」
健「すいません…」
次号へつづく
【大川弘一(おおかわ・こういち)】
1970年、埼玉県生まれ。経営コンサルタント、ポーカープレイヤー。株式会社まぐまぐ創業者。慶応義塾大学商学部を中退後、酒販コンサルチェーンKLCで学び95年に独立。97年に株式会社まぐまぐを設立後、メールマガジンの配信事業を行う。99年に設立した子会社は日本最短記録(364日)で上場したが、その後10年間あらゆる地雷を踏んづける。
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