「インポはマイナスじゃない。プラスだ」勃たない男は一日の始まりと終わりにおっぱいを揉んだ――爪切男のタクシー×ハンター【第二十三話】
その日からインポ改善の日々が始まった。職場の社長に相談して、負担の少ない仕事内容、健全な勤務時間に職場環境を改善。睡眠時間もしっかり一日八時間。勃起に関係している血流の乱れを回復する為に、魚介類、納豆、緑黄色野菜などを中心とした食生活に変更。精子を作る為に必要なタンパク質、不足しがちなビタミン群はサプリメントで補充。それに加えて、朝と夜のジョギングも開始するという万全の体制である。
彼女はといえば、自分自身の断薬生活を維持するので正直精一杯であった。私は何の役にも立てないダメな女だと心を悩ませていたのだが、神頼みぐらいならできるはずだと「彼氏のインポが治りますように」と近所の神社にお百度参りをしようとしたので「チンポのことを百回もお願いされる神様が可哀そうだし、愛する女にチンポのことで百往復もさせたら男の恥だ」と言って止めさせた。じゃあ自分には何ができるんだと嘆く彼女に、インポが治ったかどうかを確かめる為に、朝起きてからと寝る前の一日二回おっぱいを揉ませてもらうことを頼んだ。彼女は笑顔で快諾した。彼女のこういう馬鹿な所が本当にいとおしかった。
そんな日々が三ヶ月続いた。怠惰な生活を何年も続けていた影響で、私の身体の中に蓄積されていた悪いものは全て洗い流された。どす黒かった顔色は健康的な肌色に戻り、手足に出来ていた原因不明の湿疹も姿を消した。久しぶりに快適な日常生活を取り戻すことはできたが、インポについてはまだ改善されなかった。一日二回の彼女のおっぱいを揉む行為は、会社員が出勤と退勤のタイムカードを打刻するような、一日の始まりと終わりを記録するだけの規則的な業務になっていた。
ある日の仕事帰りのタクシーにて、江戸時代の蘭学者である杉田玄白によく似た初老の運転手さんに、私はインポの件を相談することにした。失礼な話だが、お年を召した方にはシモの話題は話しやすいものである。渋谷の繁華街の灯りを横目にインポ話に花が咲く。
「お客さんも大変ですね~。まだお若いのに」
「最近、彼女とはそんなにセックスしてなかったので、そこまで辛くはないんですけどね」
「またまた! お付き合いして長いんですか?」
「う~んと、もう五年ぐらいですかね~」
「それはチャンスですね」
「……チャンス?」
「失礼な話ですけど、五年も付き合うとお互いに飽きが来てませんか?」
「そうですね~。それはありますね~。彼女もそうなのかな~」
「ちょっと汚い言葉を使いますが許してくださいね。恥ずかしい話なんですが、私もインポになったことがあるんです」
「はい」
「私は根がスケベなものですから、最初はひどく落ち込みました。だけど、前向きに考えることにしたんです」
「前向き?」
「インポを治すことを理由にして、普段は断られてたエッチなことを嫁にさせてもらいました。いやぁ……楽しかったですねぇ」
「……そういうことですね」
「女だって本当はエッチなことしたいんですからね。きっと協力してくれますよ。このチャンスにあんなことやこんなことをしちゃいましょう。やりたい放題ですよ!」
「運転手さんは奥さんに何をされたんですか?」
「……五十歳の嫁を紐で縛ってヒイヒイ言わせてやりましたよ」
「ははは」
「インポは二人の関係を変えるチャンスです。インポはマイナスじゃない。プラスです」
「すごく元気出てきました。ありがとうございます」
「あと、お客さん。インポが治らなくてもスケベでいてくださいね。おちんちんが勃たなくてもエッチなことはできますから。スケベじゃなくなった時に男は死にますからね」
「ははは、僕、長生きしたいんでずっとスケベでいますよ。運転手さんも長生きしてくださいね」
「ええ、私もスケベなので長生きしますよ! ありがとうございます!」
さて、インポ治療を理由に彼女に何をしてもらおうか。色々と考えてみたが、プライドが高い彼女が絶対にしそうにないのはコスプレだろう。ただ、私がバニーガール、ナース、メイドのような一般的なコスプレで全然興奮しないのが問題だ。私が興奮しそうな服装といえば一つしかない。
「運転手さん! 悪いんですけど、ドンキまで引き返してもらえますか?」
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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