風俗嬢のおっぱいを背中に感じながら私はギブアップした――爪切男のタクシー×ハンター【第二十二話】
―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。
【第二十二話】「死ぬ気で頑張ったら本当に死ぬよ」
「なめんじゃねえ! 女をなめんじゃねえぞ!」
静寂を切り裂く女の怒声により私の一日がはじまった。寝ぼけ眼で時間を確認する。時刻は午前七時十五分。こうやって職場のソファーで朝を迎えるのはもう何回目になるのか。あくびをしながら外へ出る。馴染みの蕎麦屋で朝定食を一気にかきこむ。女の怒声はまだ聞こえてくる。蕎麦屋の主人の話では、円山町のマンションでネグリジェ姿の女性が今にも飛び降りそうな勢いで騒いでいるらしい。女の怒声をBGMにして食べる蕎麦は趣があって良いものだ。蕎麦屋を後にして職場に戻ろうとしたところ、革靴ぐらいの大きさのドブネズミが目の前をヨタヨタと歩いていた。ネズミもあの女の怒声で眠りを妨げられたのかもしれない。私たちは渋谷で生きている仲間だ。
職場に戻り、残っている雑務を片付ける。今日はせっかくの休日だったが、このまま家に帰り、また寝るだけといったひどい一日になりそうだ。同棲中の彼女から「おはよ~、タバコ買ってきて~、タバコ無くて死にそう~」というメールが入る。
「女をなめんじゃねえ~! 飛び降りて死んでやる~! 電話してこい!」
先ほどの迷惑女はまだまだ元気いっぱいの金切り声をあげている。飛び降りて死のうとしている女と、タバコが無くて死にそうな女。この世には今にも死にそうな女がたくさんいるのだなぁ。素敵なお姉さん、死ぬ前に美味しいスパゲッティでも一緒に食べに行きませんか。そんなことを思いながら、眠気覚ましにガムを一枚噛み、十回ほど噛んでからそのまま飲み込んだ。
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!
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