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「やっぱり潮を吹く女の方が好き?」彼女はアサリを見ながらつぶやいた――爪切男のタクシー×ハンター【第二十四話】

 翌朝、平静を取り戻した彼女の方から謝ってきた。 「……アサリ……本当にごめんなさい」 「……」 「……」 「……」 「私と別れたい?」 「……」 「……」 「……別れないよ」 「……」 「俺こそごめんね」 「いいの」 「ねぇ」 「なに?」 「あの後、アサリどうしたの?」 「もったいないから食べた……ごめんね」 「ははは」  私は笑いながら、彼女の身体を強く強く抱きしめた。 私は人間だ。 彼女は人間だ。 私達は人間だ。 私達は今までどんな困難も乗り越えてきた。 私はアサリより人間が好きだ。 私はアサリより彼女が好きだ。 泣き崩れた後でアサリを食べちゃうほど食い意地が張った彼女が大好きだ。  アサリ達の死は無駄ではなかった。彼らの死が当たり前のことを気付かせてくれたのだ。私たちの絆はアサリにより、一層深いものとなった。  日差しの強い快晴のお出かけ日和のゴールデンウィーク。私と彼女はタクシーに乗って海を目指していた。今日は潮干狩りデートとしゃれ込むのだ。お揃いの麦わら帽子に熊手にバケツという私たちの出で立ちを見た初老の運転手が声をかけてくる。普段、外に出ない彼女は、行きから体力を消耗してしまって、私の隣で寝息を立てている。 「お客さん、今から潮干狩りですか?」 「そうです。今日混んでますかね~」 「天気が良いので混んでると思いますよ」 「やだな~。でも、久しぶりの潮干狩りなので楽しみなんです」 「バケツいっぱいに取ってくださいね」 「あの、ふとした疑問なんですけど、沢山の人に一気に取られて、アサリって絶滅とかしないんですかね」 「私はしないと思いますね」 「即答ですね」 「難しいことは分かりませんけどね。人間ごときにアサリを絶滅させることはできませんよ」 「……そうですかね」 「自然は広大ですからね」 「仮にアサリが絶滅したらどうなりますかね。食物連鎖のバランスとか崩れちゃいますかね?」 「全然大丈夫じゃないですか」 「……どうしてですか?」 「だって、恐竜が絶滅しても自然のバランスって取れましたからね。あんなに大きくて強い恐竜がいなくなったら、普通は大変なことになりますよ。それでも何とかバランス取って存在し続けているのが自然の凄さですよ。その前じゃ人間なんて太刀打ちできませんよ」 「自然保護団体の人が聞いたら怒っちゃいそうだけど、恐竜を例に出されると説得力がありますね」 「だから、自然のことなんて気にしないでアサリ取りまくっちゃってください」 「分かりました」 「人間は自然に生かされているとよく言いますけど、私は自分の嫁さんや友達に生かされていると思ってます。自然も大事ですけど、自分の大切な人を大事にしてあげてくださいね」 「……そうですね。最近もこいつにひどいことしちゃったんで……」 「優しくしてあげてください」 「……こいつ、本当に良い女なんですけど、エッチのとき少しマグロなんです。アサリみたいに潮吹いてくれたら最高なんですけどね」 「ははは」 「ははは」 「海が見えてきましたね」  楽しい潮干狩りを終えたその日の夜、バケツいっぱいに取ってきたアサリを塩水に浸けて砂抜きをした。アサリ達が徐々に潮を吹きはじめる。子供の頃に一人ぼっちで眺めていた光景。今は、隣で一緒に見てくれる女がいる。それだけで幸せを感じる。 「ねぇ……やっぱり潮を吹く女の方が好き?」 「……タクシーの話、聞いてたのね?」 「うん、どっちなの?」 「う~ん……う~ん……」 「……」 「どっちでもいいや」  アサリを前にして下世話な話をしてくる彼女を愛している。海でも山でも砂漠でも空の上でも二人ならきっと楽しいはずだ。簡単に潮を吹くアサリより、なかなか潮を吹かない女と生きていく。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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