更新日:2022年08月25日 09:23
スポーツ

“金メダル男”カート・アングルはプロレスも天才――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第322回(2000年編)

 デビューから“1年”という数字はアングルがTVマッチに登場してからちょうど1年という計算にもとづいている。  じつは“ロウ・イズ・ウォー”にするまえの1年間は、番組収録のないダーク・マッチでひたすら実戦の経験を積んだ。だから、厳密にいえばこの時点でプロレスのキャリアは2年ちょうどだった。  富も名声もスーパースターとしてのステータスも手に入れたアングルは――それが自然体なのか演技なのかははっきりしないが――レスリングがうまくて、おしゃべりが上手すぎて、なんでもかんでも優秀で、観客が思い切ってブーイングしたくなるようなイヤな男を演じるようになった。  アングルの“3つのi”は、時代がちがえばいわゆるベビーフェース的キャッチフレーズになっていたかもしれない。アマチュア・レスリングの常識はプロレスのリングでは非常識で、アマチュア・レスリングの非常識がプロレスのリングでは常識だったりする。  首から金メダルをぶら下げた元オリンピック選手に容赦ないブーイングを浴びせていいスペクテーター・スポーツは、おそらくプロレスだけだろう。アングルのやることなすことに観客がムカついたことはイッツ・トゥルー、イッツ・トゥルーだった。  アングルはデビューから4年でWWE世界王座を通算4回獲得したが、そのあいだに“爆弾”の首(脊髄、脊柱、ケイ椎)の手術を合計3回受けた。  2006年8月、WWEは“休業”を理由にアングルの退団を発表したが、アングルはそれからわずか1カ月後にライバル団体TNA(現在のインパクト・レスリング)に電撃移籍。ファンと関係者をびっくりさせた。  そして、2017年4月、“WWEホール・オブ・フェーム”クラス・オブ・2017で殿堂入り。じつに11年ぶりにビンス・マクマホンと再会を果たした。(つづく)
斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます 文/斎藤文彦 イラスト/おはつ ※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス講座」と書いたうえで、お送りください。
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