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トリプルH“ザ・ゲーム”と呼ばれた男――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第320回(2000年編)

WWEオフィシャルRAWマガジン

トリプルHのニックネームは“ザ・ゲーム”。ストーンコールド、ロックの宿命のライバルで、ビンス・マクマホンの娘ステファニーの夫というポジションを演じることができるのはトリプルHだけだった(写真はWWEオフィシャルRAWマガジン1999年12月号表紙より)

 ニックネームは“ザ・ゲームThe Game”。トリプルHことハンター・ハースト・ヘルムスリーはWWEの絶対的な主人公である。エンドレスな連続ドラマと化したTVショーはなにがなんでもトリプルHを中心に動いていた。

 キャラクター的には、ルックスがよくて性格が悪くてボディービルダーのような肉体を持ったホワイト・ボーイ。プロレスラーとしてのタイプはきわめて古典的なアメリカン・スタイルのヒールといっていい。

 ヒール・サイドの不動の“4番バッター”。“ストーンコールド”スティーブ・オースチンのすぐあとのチャンピオンで、ザ・ロックの宿命のライバル。

 そして、ビンス・マクマホンWWEオーナーの娘ステファニー・マクマホンの夫――はじめのうちは連続ドラマのなかの設定だった――というどまんなかのポジションは、おそらくトリプルHにしかつとまらない。

 トリプルHは、レスリング・ビジネスとは“オール・オア・ナッシング”の世界なのだとらえていた。つまり、主人公にならなかったらあとはどこに立っていてもいっしょということだ。

 1969年、ニューハンプシャー州生まれ。本名ポール・マイケル・レベック。キラー・コワルスキー道場でプロレスを学び、1992年3月にボストンのインディー団体でデビューしたあと、WCWを経由して1994年春にWWEと契約した。

 まだキャリア2年のルーキーだったトリプルHは、ショーン・マイケルズ、ケビン・ナッシュ、スコット・ホール、ショーン・ウォルトマンのインサイド派閥“クリック”と行動をともにするようになり、バックステージのいちばん奥のほうからリングを操縦するノウハウを先輩たちから学んだ。

 チャンスはすぐにやって来た。ナッシュ、ホール、ウォルトマンの3人がライバル団体WCWに移籍し、WWE世界ヘビー級王者だったショーンは椎間板ヘルニアの悪化で長期欠場。

 ショーンのブレイン・チャイルドだったDX(ディジェネレーションX)をそのまま引き継いでヒール・サイドのトップに急浮上し、“ロウ・イズ・ウォー”と“スマックダウン”で巻き起こるありとあらゆる事件の中心的人物となった。

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WWEはプロレスをスポーツ・エンターテインメントと呼称

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