スポーツ

テコンドー岸田留佳、可愛い顔して闘争心は男勝り「何がなんでも相手をボコボコにしたい」

ファイトスタイルは“男勝りのテコンドー”

 取材を進めているうちに、選手が徐々に体育館に集まってきた。最初は8人ほどだった参加者が、最終的には20人弱まで膨れ上がる。年齢は小学生から40代までバラバラだが、表情は一様に真剣そのもの。驚いたことに、スパーリングは性別も年齢も関係なく行われる。テコンドーはプロテクターを装着するとはいえ、フルコンタクト(直接打撃)制の格闘技。小学生が目を剥いて大人に向かっていったり、屈強な男子選手が女子選手の腹部を容赦なく蹴っているのだ(もちろん実際は手加減しているのだろうが……)。これは嫌でも強くなるはずだ。そう思っていると、前述の小池コーチが解説してくれた。 「留佳も最初はここではなく、地元の埼玉で練習していたんです。だけど、その道場は小さい子が多くて練習相手に困っていた。やっぱり自分が一番強いという環境だと、選手は伸びにくいという面があるんですよね。ましてや留佳の場合、トップを目指そうとしているわけですし。それで留佳のコーチ・井上博人さんと私が昔からの知り合いということもあって、こちらにも並行して通うことにしたんです。ここは選手のレベルも高いし、練習相手には事欠かないですから」  頭部への攻撃でポイントを取ることが多い岸田のファイトスタイルは、“男勝りのテコンドー”と評されることがある。実際、岸田は「相手選手に恐怖を植えつける試合が理想」としているのだが、そう考えるようになったのは海外での苦い経験が大きかった。韓国で行われた世界大会でタイ人選手と対峙した岸田は、これでもかというほどフルボッコにされる。防具はつけているが、重く鋭い相手の打撃が襲ってくるたびに痛みが全身を貫いた。こっちは恐怖で手も足も出ない状態なのに、それでも試合は無情に続いていく。「メンタル面でも圧倒されていた。目の前に高くて強い壁があるけど向かっていけない。そんな感じです」とため息交じりに述懐した。 「やっぱり日本と世界の差っていうのは、この競技だとすごく大きいんですよ。韓国だけじゃなくて、台湾、中国、イラン、イギリス……強い選手はどこにでもいますね。競技人口は柔道の次に多いと聞いたこともありますし。外国人選手はパワーからして全然違う。スピードも距離感も気迫も桁違いなんですよ。初めて世界戦に出たときは、同じテコンドーをやっているとは思えなかった。今のままだったら絶対に勝てないなって思い知らされました」

ダメージを与えてナンボのスポーツ

 岸田の口からは、しばしば「叩き潰す」「ボコボコ」といった物騒なフレーズが飛び出してくる。いかにも美少女然としたビジュアルとのギャップにギョッとさせられるが、ここでひとつ疑問が浮かんできた。そもそもテコンドーはポイント制の競技。ルール上は「胴への攻撃・パンチ:1点」「胴への蹴り:2点」「胴への回転蹴り:3点」「頭部への蹴り:3点」「頭部への回転蹴り:4点」などと規定されている。一応はKOやTKOもあるものの、実際の試合では判定で決着する場合がほとんどだ。となるとボクシングやMMA(総合格闘技)のようにKOを狙いにいく必要もなく、相手を潰す破壊力も要求されないのではないか? ダメージなど与えられなくても、ポイント狙いのスカ勝ちで十分なのでは? そう伝えると、「いやいや、それは違いますね」と即答された。 「テコンドーにおいて、パワーっていうのはすごく重要なんです。力強く蹴ることで、相手も前に入ってくることができなくなりますし。やっぱりダメージを与えてなんぼのスポーツなんですよ。ポイントとは関係なく、メンタル的にダメージを与えることが重要。そもそも力が弱いと、防具についているポイントの電子機器が反応しないんです。それは階級によって違うんですけどね。だから私もポイントで相手を上回りたいというよりは、相手をボコボコに潰す気でいかないとダメだっていつも試合前は思っています。それにポイント狙いで勝ったとしても、自分がスカッとしないんです。有無を言わさぬ感じで相手を圧倒したい」  だが、そうやって入れ込みすぎると冷静さを失って敗れることもある。前述した前回の全日本選手権1回戦負けが、まさにそのパターンだった。必死でラッシュをかけるものの、ことごとく相手にカウンターをかけられてしまう。冷静さを失うと、セコンドの指示も耳に入らない。今まで何度も闘った選手だけに、「この相手に負けるなんてありえない」と焦りも強くなる。こうなると負の連鎖から抜け出せない。「潰す気でいかないとダメ。だけど気合を入れすぎてもダメ。試合前、気持ちの調整がすごく難しいんですよね」と岸田はしみじみ語った。 「この競技を始めたときから、オリンピックで金メダルを獲りたいと言うのはずっと言い続けてきたことですからね。子供の頃からテレビでオリンピックを観ていて、人々に感動を与える選手に憧れを抱いていたんですよ。それで私もテコンドーで人に感動を与えたいと思うようになって……。とはいえ、私はまだ国際大会でメダルを獲ったこともない立場。軽はずみに“金メダルを狙います”なんて言えないんです。そもそも日本で負けているようでは、国際舞台で金メダルなんて夢のまた夢ですし。だから、まずは日本で圧倒的な存在になること。何があっても負けないような選手になる。でも、そこが目標なんて小さいことを言っているようでは国際舞台では通用しないし、もっともっと上を目指さなくてはいけない。私の目標は、あくまでもオリンピックでの金メダルですから。そして国民栄誉賞もいただけたらなって思います(笑)」

テコンドー以外のことはどうでもいい

 高校は練習に支障が出ないよう、家から近いところに決めた。通っている鶴ヶ島清風高校は、大会で学校に行けないときも公休扱いにしてくれるという。取材場所となった体育館で普段は週2ペースで練習するほか、地元の道場でも週3ペースでトレーニング。残りの2日間もジムに通ったり、庭でシャドーを繰り返しているという。「休むことが好きじゃない」と語るだけあって、テコンドー三昧の毎日を過ごしているようだ。 「優先順位は、いつもテコンドーが一番上。学校の友達もいるんですけど、放課後一緒に遊んだりすることはないな。学校でしゃべっていれば十分というか。周りの子はカラオケに行ったりバイトしたりしているけど、私にとってはテコンドーのほうが全然楽しいんですよね。というか、テコンドー以外のことはどうでもいい。勉強も苦手ですし、授業中も気づいたらテコンドーのことばかり考えているんです。だから趣味とか特技も特にないんですよ。映画とかも全然観ないですね。『君の名は。』も『アナ雪』も観ていない。漫画なんて読み方すらわからない。あぁ、でも音楽は電車の移動中とかに聴くかな。台湾の音楽しか聴かないんですけどね。海外遠征に行ったとき、台湾が大好きになったんですよ。そういう意味では、台湾のことを調べるのが唯一の趣味かもしれない。恋愛ですか? これが興味ないんですよねぇ。“彼氏はテコンドー”って周りには言ってます(笑)」 ⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1357054  オリンピック選手になることが夢ではない。自分の夢はオリンピックで金メダルを獲ること――。岸田は常にそう考えている。もちろんそれは容易なことではないし、犠牲にしなくてはいけないことがあまりにも多い。だが、岸田にとっては当たり前のことに過ぎないのだ。 「井上先生や小池先生には、口では言い表せないくらいお世話になっていますからね。しっかり恩返ししたいという気持ちがあります。そこは結果で返すしかないですよ」  精悍なファイターとしての本能と、無邪気な17歳の表情が交錯する。3年後、少女は世界の頂点に立つことができるのか? 夢を追い続ける瞳には一点の曇りもない。 【きしだ・るか】 1999年8月18日、埼玉県鶴ヶ島市生まれ。17歳。埼玉県立鶴ヶ島清風高等学校3年生。身長163cm。-49kg級/-46kg級。06年からテコンドーを始め、11年には全日本ジュニアテコンドー選手権で優勝(同大会は13年も優勝)。16年には全日本選手権大会優勝(大会優秀選手賞)。国際大会にも数多く出場する、日本を代表する女子軽量級のホープ。 取材・文/小野田 衛 企画・撮影/丸山剛史
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