更新日:2022年10月01日 01:14
エンタメ

ボクたちはみんな「人生に意味はある」と肯定されたかった――新人作家・燃え殻の“エモい文体”が必要とされる理由

クソだと思ってた人生も、それなりにドラマティックだった

――『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、何者にもなれず、先も見えずにもがいていた20代の希望のなさ、どうしようもなさに共感する人も多いと思います。
燃え殻

『ボクたちはみんな大人になれなかった』は連載時から各界の著名人から注目され、「新時代のハードボイルド小説」(大根仁)、「リズム&ブルースの長い曲」(糸井重里)と評された。

燃え殻:鴬谷にあった、今はもうつぶれた広告の専門学校に通っていたとき、担任講師に「お前らにろくな人生待ってない」ってさらっと言われたんです。でも、そうだろうなと納得しちゃうくらい、手に職もなくて、需要もなくて、自分が社会の数にカウントされてないのを実感していました。このまま30歳、40歳になったら俺どうすんだろう、恥ずかしいぞと思って、「ノストラダムスの大予言があたって、地球滅亡しねえかな」と本気で思ってましたね。  そんな悶々と揺らいでいた時期に彼女と出会って、たぶん何の気なしに言われた「大丈夫だよ、だって君おもしろいもん」という言葉に、どんな自己啓発本よりも励まされた。もちろん誰にも認められてないし、何の根拠もないからすぐまた不安になって、「だめかもしれない」「大丈夫だよ」「だよね?」の繰り返し。今考えるとめちゃくちゃ彼女に自尊心をドーピングしてもらってたけど、そのおかげで生きられた時期があったんです。 ――そんな彼女との別れが、「今度CD持ってくるね」という会話で最後だったのも印象的です。あまりにもあっけないというか……。 燃え殻:現実はドラマとは違って、中途半端に出会って中途半端に別れる女の子もいっぱいいたじゃないですか。しっかりしたバーで「俺たち今日で終わりだね」とかしっかり言わないでしょ。なんとなく会う回数が減ってきて、よくわからない理由で別れたりしますよね。  それは人生のひとつの過程にすぎない小さなことだと思っていたけど、名前すら忘れそうになってた人が、実は今の自分を形成している大きな存在だったりする。僕の趣味や好みも彼女の影響が大きいし、彼女が人生を並走してくれたから今の自分がいるんだって、後から気付いたんですよ。「君に出会ったから、俺は今ここにいるよ」と気付いたときには、「ありがとう」と言う術はもうなくて。 ――そこがリアルだなと思いました。そのときは気付けなかったけど、後から思い返したときに初めてその意味を知ることってありますよね。この小説が共感されているのは、単にノスタルジックでエモいだけでなく、そうした心残りや思い残したことの多さに、みんなが古傷をえぐられるからじゃないでしょうか。 燃え殻:そういうことってありません? ぜんぶがきれいに終わったり、きれいに忘れられたりするなんて嘘じゃないですか。第一志望の仕事につくことも難しいし、一番好きな人と付き合うことも難しいし、絵になるような形で別れることも難しいし、でも前に進んでいかなきゃいけない。  後手後手に回りながら、とりあえず、とりあえずで僕らは生きてる。恋愛に限らずとも、おざなりになったまま「あれ、正直すまんかった」みたいな感じで終わっていった人間関係ってありますよね。その連続が人生だと思うんです。 ――かおりとの思い出を甘美に描くことで、昔の彼女を今でも引きずっているなんて重い、と感じる読者もいると思いますが、別にヨリを戻したいわけじゃないんですよね。ただ、現実が早すぎて飲み込めないまま、今も心が追いついていないだけ。この話が多くの人の心に刺さったのは、「あれはあれでよかったんだよ」と肯定してもらいたい過去を、みんな持ってるからだと思います。 燃え殻:cakesに連載してたときは、ひょっとして彼女が読んでくれないかなって、個人的なラブレターみたいな気持ちも正直ありました。何者でもなかった時代に「大丈夫だよ、だって君おもしろいもん」と言ってくれた彼女にどこかで応えたいというか、「ほら、大丈夫だったでしょ?」って言われたいなと思っていた。  でも、小説として仕上げていく過程で、こういうこともあったな、こういう気持ちになったことあるな、これも俺の人生で大切だったな、ということをどんどん入れていったら、彼女とのことに限らず、自分の人生を全体的に少し許せるようになったというか。「俺の人生に、小説にできるようなドラマティックなことなんか何もないよ」と思っていたけど、こうして一冊書き上げてみたら、「俺の人生も、自分なりにドラマティックだったよな」と思えるようになった。クソみたいだと思っていた自分の過去を、やっと成仏させられたんです。
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表現は“ダサい”からこそ“かっこいい”!
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ボクたちはみんな大人になれなかった

せつな痛さに悶絶!web連載中からアクセス殺到の異色ラブストーリー、待望の書籍化。

燃え殻『すべて忘れてしまうから』

ベストセラー作家・燃え殻による、待望の第2作!
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