更新日:2022年10月01日 01:14
エンタメ

ボクたちはみんな「人生に意味はある」と肯定されたかった――新人作家・燃え殻の“エモい文体”が必要とされる理由

表現は“ダサい”からこそ“かっこいい”!

――燃え殻さんの文体は、叙情的でエモいんだけど、どこか客観的で妙に突き放した印象がありますね。自覚はされていますか?
燃え殻

女子高生からも「ここに出てくる話はひとつも経験したことないけど、すごく懐かしく感じた」という感想をもらったという燃え殻氏。世代を超えた郷愁を喚起させる文体が魅力だ。

燃え殻:「燃え殻」というふざけた名前なこともあって、Twitterでも誰か別の人間に語らせているみたいな感覚があって。書いていることはほぼほぼリアルな日常なんだけど、「燃え殻」という人間がドラクエみたいに僕のことを見ていて、「これは書けるかな」と距離を置いて話している感じ。それが小説にも自然と出ているんだと思います。 ――私小説というジャンルもそうさせるのかもしれませんね。実際はなんでもないことだったのかもしれないけど、小説としてドラマティックに描かれると、リアルと虚構の狭間があいまいになるというか。 燃え殻:僕がプロレス好きなので、「え、これってガチなのかな?」「ぜんぶ本当の話なんだよね?」と半信半疑でのめり込むような、昭和プロレス的な読み方をしてほしいんですよね。「お前のことは誰か知らないけど、こういうことってあるよな」「クソみたいな話だけど、こいつの中ではロマンティックだった本当のことなんだろうな」と思ってもらいたい。 ――別のインタビューで、「40歳を過ぎて小説を書くなんてサムい」と語っていたのがおもしろかったです。「表現している自分」に照れやてらいがあるというか、すごく距離を取ってらっしゃいますよね。 燃え殻:表現することって基本的にどこか恥ずかしくてみっともないことだと思ってるんです。たとえばですけど、アーティストが「今回のアルバムのテーマは『デスティニー』です」とか「15年やってきた集大成として『ストーリー』というタイトルにしました」とか語っていると、ちょっとダサくて笑っちゃいません? 「うるせえよ、自分ちでやってくれよ」みたいな気持ちがどこかにある。でも、“かっこいい”ってそういうものだとも思っていて。“ダサい”と“かっこいい”は常に同居していて、両立しうる。だからこそ表現は尊いなと思います。 ――表現の恥ずかしさに自覚的なところが、今っぽいなと思いました。 燃え殻:手塚治虫の漫画って、かわいいし愛らしいところもあるけど、エロやグロといった人間の摂理も描いているからこそ、ディズニーよりも強度があるなと思うんです。それと同じで、何かを表現するときにいいことを言うなら、それと同じかそれ以上の配分で、ダサいものやみっともないことを入れないと立体的にならないと思っていて。  この本もできるだけ普遍的な言葉で書きたかったけど、そこだけ切り取るとクサい綺麗事になりがちだから、それを言うシチュエーションは生活感があってダサくてみっともない状況にしたかった。「ラブホテルのこの状況だったら、俺も同じこと言っちゃうかもな」と思ってもらいたかったんです。  最近、文芸誌出身ではない、ネット発の私小説が相次いで刊行されている。あらゆることを冷笑し、すべてにメタなツッコミを入れるのがネットの文体だと思っていたが、ここにきて人々が、主観的でエモーショナルな自分語りを読みたがっているような風潮を感じる。  私見だが、おそらくみんな、他人の実人生を物語として読むことで、自分の人生をも肯定されたいのではないだろうか。どんな人間の、どんなに些細で当たり前でありふれた人生にも、思い返すと意味があったと思いたいのだ。『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、そう思わせてくれるという意味で、多くの読者の背中をそっと押す名作なのである。 【燃え殻】 ’73年生まれ、静岡県出身。テレビ美術制作会社で企画・人事を担当。社内で’10年頃から日報代わりに始めたTwitterが、フォロワー10万人超(’17年8月18日時点)の人気アカウントに。作家・樋口毅宏の勧めをきっかけに始まったcakesの連載『ボクたちはみんな大人になれなかった』がたちまち話題となり、大幅な編集・再構成を経て新潮社から6月30日に出版された。Twitter:@Pirate_Radio_ 取材・文/福田フクスケ 撮影/難波雄史
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ボクたちはみんな大人になれなかった

せつな痛さに悶絶!web連載中からアクセス殺到の異色ラブストーリー、待望の書籍化。

燃え殻『すべて忘れてしまうから』

ベストセラー作家・燃え殻による、待望の第2作!
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