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ボクたちはみんな「人生に意味はある」と肯定されたかった――新人作家・燃え殻の“エモい文体”が必要とされる理由

 テレビの美術制作の会社に勤める43歳の「ボク」は、20代の頃に付き合っていた「最愛のブス」こと、かおりをFacebook上でたまたま発見。これをきっかけに、まだ何者にもなれずにもがいていた頃の、ほろ苦くも愛おしい彼女との日々や、会社の同期、クラブで出会った女性らとの一期一会を思い出していく――。

 そんな私小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』が、新人作家としては異例の売上を記録している著者・燃え殻氏。糸井重里、会田誠、大根仁、二村ヒトシといった錚々たる面々も、彼の書いた物語を賞賛する。読む者の郷愁を駆り立て、古傷をそっと撫でていくその作風はどう生まれたのか、燃え殻氏に話を聞いてみた。

燃え殻

小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』でデビューした新人作家・燃え殻氏。

安くてダサいラブホテルで過ごした時間がなにより尊かったあの頃


――もともとフォロワー10万人超の人気ツイッタラーである燃え殻さん。日常のひとコマを叙情的に描くつぶやきに定評があり、一部で「140字の文学者」とも言われています。昔から読書をほとんどしてこなかったそうですが、なぜあんなに“エモい”ツイートが書けるんですか?

燃え殻:僕はもともと中高生の頃、深夜ラジオのハガキ職人だったんで、ハガキ一枚に収まる情報量の中で、いかに絵が浮かぶキャッチーな言葉を使ってパーソナリティーや放送作家に選んでもらうかを、ずっと考えていたんです。

 そのためには、ひとつひとつを具体的に細かく描写するよりも、「芳香剤の匂いがきついラブホテルだった」とだけ書いた方が、おのおのの記憶の中のダサいラブホテルを思い浮かべてもらえて、多くの人に伝わる。だから、140字以内に収めるTwitterは、僕にとってハガキ職人のときにやっていたことと同じなんですよね。

――確かに、『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、音楽や匂いの描写が秀逸で、90年代のリアルな手触りのようなものを想起させます。もしかして、ものすごく記憶力がいいんでしょうか?

燃え殻:いえ、記憶力は悪いんですけど、点ではよく覚えてるんです。一回しか行ったことのない海の家で、スピーカーから音の割れたサザンの曲がかかってたなとか、そこでぐーぐー寝てたなとか、そういう一部分は覚えてるけど、肝心の誰と一緒に行ったかは忘れてたりする。

 ただ、彼女と過ごしたラブホテルの情景は、するする書けましたね。朝、低血圧で起きない彼女を横目に、乾燥したのどにぬるいポカリスエットを流し込みながら、古い石のタイル張りの風呂場で、温度も定かじゃないのを手で確かめながらお湯を溜めてる……っていうのを、なぜかすごくよく覚えていて。そんなラブホテルのどうしようもない朝の光景って、みんなと共有できる記憶のような気がしたんですよ。

――彼女・かおりとの幸せだった記憶は、ラブホテルでの描写が多いですよね。あの空間が、2人の蜜月の象徴だったんですか?

燃え殻:つげ義春さんの『無能の人』という漫画が大好きなんですけど。貧乏なダメ夫婦が、子供を連れて3人で石を探しに行くんです。田舎の安い宿に泊まって、この先どうなるかわからない状況で、「なんだか世の中から孤立して この広い宇宙に三人だけみたい」「いいじゃねえか おれたち三人だけで」と言う場面で僕は泣いてしまって。僕も、ラブホテルで彼女と過ごしたあの時間が、この世界で2人きりみたいな安心感があって、すごく幸せだったんですよ。

 世界一周したほうが幸せという人もいるだろうけど、神泉の安くてダサいクソみたいなラブホテルに2人でいたときのほうが、僕にとってはロマンティックな瞬間だったし、幸福度が高かった。声高に叫ぶ必要がないからみんな言わないだけで、シチュエーションは違うけどみんな似たようなことあったよね、という気持ちで書きました。

クソだと思ってた人生も、それなりにドラマティックだった


――『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、何者にもなれず、先も見えずにもがいていた20代の希望のなさ、どうしようもなさに共感する人も多いと思います。

⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1381438

燃え殻

『ボクたちはみんな大人になれなかった』は連載時から各界の著名人から注目され、「新時代のハードボイルド小説」(大根仁)、「リズム&ブルースの長い曲」(糸井重里)と評された。

燃え殻:鴬谷にあった、今はもうつぶれた広告の専門学校に通っていたとき、担任講師に「お前らにろくな人生待ってない」ってさらっと言われたんです。でも、そうだろうなと納得しちゃうくらい、手に職もなくて、需要もなくて、自分が社会の数にカウントされてないのを実感していました。このまま30歳、40歳になったら俺どうすんだろう、恥ずかしいぞと思って、「ノストラダムスの大予言があたって、地球滅亡しねえかな」と本気で思ってましたね。

 そんな悶々と揺らいでいた時期に彼女と出会って、たぶん何の気なしに言われた「大丈夫だよ、だって君おもしろいもん」という言葉に、どんな自己啓発本よりも励まされた。もちろん誰にも認められてないし、何の根拠もないからすぐまた不安になって、「だめかもしれない」「大丈夫だよ」「だよね?」の繰り返し。今考えるとめちゃくちゃ彼女に自尊心をドーピングしてもらってたけど、そのおかげで生きられた時期があったんです。

――そんな彼女との別れが、「今度CD持ってくるね」という会話で最後だったのも印象的です。あまりにもあっけないというか……。

燃え殻:現実はドラマとは違って、中途半端に出会って中途半端に別れる女の子もいっぱいいたじゃないですか。しっかりしたバーで「俺たち今日で終わりだね」とかしっかり言わないでしょ。なんとなく会う回数が減ってきて、よくわからない理由で別れたりしますよね。

 それは人生のひとつの過程にすぎない小さなことだと思っていたけど、名前すら忘れそうになってた人が、実は今の自分を形成している大きな存在だったりする。僕の趣味や好みも彼女の影響が大きいし、彼女が人生を並走してくれたから今の自分がいるんだって、後から気付いたんですよ。「君に出会ったから、俺は今ここにいるよ」と気付いたときには、「ありがとう」と言う術はもうなくて。

――そこがリアルだなと思いました。そのときは気付けなかったけど、後から思い返したときに初めてその意味を知ることってありますよね。この小説が共感されているのは、単にノスタルジックでエモいだけでなく、そうした心残りや思い残したことの多さに、みんなが古傷をえぐられるからじゃないでしょうか。

燃え殻:そういうことってありません? ぜんぶがきれいに終わったり、きれいに忘れられたりするなんて嘘じゃないですか。第一志望の仕事につくことも難しいし、一番好きな人と付き合うことも難しいし、絵になるような形で別れることも難しいし、でも前に進んでいかなきゃいけない。

 後手後手に回りながら、とりあえず、とりあえずで僕らは生きてる。恋愛に限らずとも、おざなりになったまま「あれ、正直すまんかった」みたいな感じで終わっていった人間関係ってありますよね。その連続が人生だと思うんです。

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ヨリを戻したいわけではない

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ボクたちはみんな大人になれなかった

せつな痛さに悶絶!web連載中からアクセス殺到の異色ラブストーリー、待望の書籍化。





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