人形研究者が映画『プーと大人になった僕』を分析――ぬいぐるみとの別れと再会はなぜ感動的なのか
世界中から愛されているキャラクター「くまのプーさん」を実写化した映画『プーと大人になった僕』が、大ヒット上映中だ。
物語の主役は、結婚して家庭を持ち、すっかり中年になったクリストファー・ロビン(ユアン・マクレガー)。仕事に忙殺される彼が、プーさんと再会することで忘れていた大切なものを取り戻していく……という展開が、「仕事に疲れたサラリーマンにこそ刺さる!」と評判を呼び、30~40代男性の観客も多いのだという。
つい忘れがちだが、プーさんは“擬人化されたクマ”ではなく、そもそもが“クマのぬいぐるみ”という設定。子供の頃、大事にしていたぬいぐるみや人形を話し相手にしていた人は少なくないだろうが、大人になって当時のぬいぐるみと再会する物語が、なぜ多くの人を感動させるのだろうか。
そこで、早稲田大学の学生アンケートで、人文系講義の「面白い」第1位に2年連続で輝いた、若き人形研究者の菊地浩平先生に、“人形にまつわる映画”という視点から本作をより深く楽しむための話を伺ってみた。
――これまでの大学での講義をまとめた『人形メディア学講義』(河出書房新社)という本を上梓されたばかりの菊地先生。以前、話題のドールモデル・橋本ルルの記事でお世話になりましたが、改めて「人形メディア学」って、どんな学問なんですか?
菊地:簡単に言ってしまえば、人形をあらゆる角度から検討することを通じて、人間とは何かを考えようという試みです。この講義では、人の形をしたものに限らず、私たちがモノ以上の特別な存在だと感じている表象なら、それはすべて“人形”だと考えます。
これまで、『トイ・ストーリー』やリカちゃん人形、初音ミク、ガチャピンとふなっしーなど、さまざまなカルチャーを扱ってきました。「くまのプーさん」は、私たちがぬいぐるみに感じる愛着や関係性を考える上で非常に示唆に富むキャラクターなので、講義でも本でも取り上げています。
――プーさんといえばディズニーアニメが有名ですが、もとは児童文学が原作なんですよね。
菊地:原作の『クマのプーさん』は、作者のA・A・ミルンが、息子のクリストファー・ロビンに買ってあげたテディベアのぬいぐるみを基に、親子間のいわば“人形遊び”から派生して作った物語です。だから、本の語り手がクリストファーに話しかける場面があったりと、親が子供に読み聞かせているようなテイストが随所に見られるんです。
アニメ版のプーさんの声が、オリジナルも吹き替えも“おじさん”なのは、もともと父親であるミルンが語っている話だから、ということと無関係ではないと思います。
――言われてみれば、あの声っておじさんが変に作ったみたいな声してますね(笑)。
菊地:ディズニーで最初に作られた長編アニメーションでは、冒頭が子供部屋の実写シーンから始まって、本の中の世界へと入っていく。原作もアニメ版も、フィクションであることにとても自覚的で、メタ要素の強い作品なんです。
――では、プーさんたちが“動物”ではなく、あくまで“ぬいぐるみ”だということも、はじめから設定として生かされているんですね。
菊地:ええ、もちろん。原作にしろアニメ版にしろ、プーさんや森の仲間たちって、ちょっと手に負えないくらいおバカなんですよ(笑)。それはやはり、彼らがキャラクターとして自立していなくて、自意識が“ぬいぐるみ”のレベルに留めてあるからでしょう。
――ああ、なるほど。『プーと大人になった僕』でも、プーさんや森の仲間たちはCGではなく、実際にぬいぐるみを使って撮影されたそうです。
菊地:今回の実写版は、冒頭で子供時代のクリストファーと森の仲間たちがさよならパーティーをする場面から始まりますが、彼らはテーブルの上をグチャグチャとちらかして、すごく汚い(笑)。
本作の一番の魅力は、この食事シーンがきちんと“汚く”描かれていることだと思います。それだけで見る価値があると言ってもいい(笑)。
“ぬいぐるみ”の食事シーンのリアリティは必見
◆菊地浩平先生トークイベント(早稲田祭2018にて開催)
日時:2018年11月4日(日) 第1部/11:00~12:30 第2部/14:45~16:15
会場:早稲田大学早稲田キャンパス3号館401教室
ゲスト:第1部/スーパー・ササダンゴ・マシン、第2部/橋本ルル、hitomi komaki
定員:各回280人(先着順、事前予約有)
入場料:無料
企画運営:7-1-B
本企画公式ツイッター
お問い合わせ:info.doll.wasedasai@gmail.com
『プーと大人になった僕』
監督/マーク・フォースター
出演/ユアン・マクレガー、ヘイリー・アトウェルほか
配給/ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
『人形メディア学講義』 著者:菊地 浩平 出版社:河出書房新社(茉莉花社) 価格:2700円 |
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