加藤シゲアキの新作小説は「予想を心地よく裏切るダイナミックな物語」――書評家・杉江松恋
12月12日に発売され、早くも大きな話題を呼んでいる加藤シゲアキの最新長編『チュベローズで待ってる(AGE22・AGE32)』。過去作も大きく評価してきた書評家の杉江松恋氏は、「加藤さんの強みは、書き手として“書きたいテーマ”が常にあるところでしょう。1作目で力尽きる人も多い中、兼業作家でありながら長編を4作も出している人はきわめて珍しい」と話す。
「デビュー作『ピンクとグレー』では光と影のような友人関係、2作目『閃光スクランブル』はボーイ・ミーツ・ガール、3作目『Burn.-バーン-』は青春の終わり、そして今回の『チュベローズで待ってる』は、ひとりの男の成長譚……どの作品もテーマがはっきりしているので、ストーリーに推進力があるんですよね。実は、最初にホストクラブの話だと聞いたとき『ホストとして成功するだけの話だったらツラいな』と思ったんです。ところが蓋を開けてみると、“自分のあるべき姿”がわからない主人公が、ホストクラブに寄り道しながらそれを探していくという話だった。自分がした行為や、周りの人々との出会いや別れを通じて、主人公が本来持っていたものがどんどん剥げ落ちていき、最終的に10年後の姿にぴたっと入っていく。その転身の過程が面白かったですね」
“自分のあるべき姿”がわかっていて邁進していける人間などそうそういない。多かれ少なかれ、大抵の人間が直面するこの紆余曲折がストーリーとして機能している点が、『チュベローズで待ってる』の魅力だと杉江氏は言う。
「“流され人生”というのは、この物語のひとつのキーワードです。自分の人生には自分の判断など介在していないのかもしれないという主人公の葛藤。そこにマキャヴェッリの『君主論』を絡めてきたのも印象的でした。『君主論』というのは、君主に対してどうやって自分を律して他人を利用するかを説いた本ですが、それ自体、君主の行動を操るために書かれたような部分もあります。そのあたりを説明しすぎずに、登場人物の行動背景にさりげなく匂わせているところがうまい。小説家としての加藤さんの成熟ぶりを感じました」
ミステリーを専門とする杉江氏だが、“ミステリー”としての本作をどう読んだのだろうか?
「狭義のミステリーのお約束にのっとっていない部分はありますが、細かいルールにとらわれずに自分の書きたい話を自由に広げていける思い切りのよさも加藤さんの強さ。ありきたりではない展開に持っていこうとする意欲を強く感じますし、波瀾万丈のエンターテインメントとして面白く読みました」
上巻と下巻のあいだで10年間のタイムラグがある本作に、昭和の大河小説のエッセンスを感じたという杉江氏。
「重要な登場人物をあっさり退場させたり、割と残酷に扱ったりしているところが面白いんです。例えば『麻雀放浪記』なんかでも、主人公の師匠がさっさと死んじゃったりして、ヘタに引っ張らないんですよ。それがエンターテインメントとしてのダイナミズムに繋がっていますよね」
その一方で、文章が丁寧なのも加藤作品の魅力だという。
「比喩とか、エピソードとか、会話の中の細かいディテールなどに、借りものではない、オリジナル性の高い表現の面白さがある。これは、前作の短編集『傘をもたない蟻たちは』を読んだときにも感じました。長編ならある程度ストーリーだけで引っ張っていけますが、短編は言葉に独創性がないと成立しません。『チュベローズで待ってる』では、文章にさらに磨きがかかったと感じましたし、とりわけ何気ない日常の描写にうまさがある。主人公と若手ホストのユースケのやりとりなんか、実にいい。お互いに感情をぶつけ合ってもおかしくないシーンなのに、肩の力が抜けていて、クサくないんですよね。そうした、加藤さんらしい文章センスも作品の強度に貢献していると思います」
<取材・文/藤田美菜子、撮影/高仲建次>
『チュベローズで待ってる AGE22』 歌舞伎町の夜に交わる男と女のミステリー巨編 |
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