仮想通貨盗まれた男、あたらしい仕事につく――「お金0.0」〈第26回〉
朝から僕は、ずっと同じ場所にいる。ずっと同じ場所にいて、たくさんの人に同じことばを投げかけてる。
同じ言葉を投げかけてるのは、他になんて言ったらいいか分からないからで、真夏の太陽の下、断られても断られても同じことばを投げかける。
ペットボトルの水は150円で、今日はもう3本め。飲んだ分だけ借金返済からは遠ざかるけど、飲まないと死ぬので大事に飲む。真っ黒なアスファルトは卵が焼けるくらいに熱を持ち、毛穴からとめどなく汗が噴き出して、地下足袋に落ちて消えt…
先輩「いでのくん!!!どう!!!???お客さん!!!とれた!?」
出野「は、はひ!いえ!ぜんぜんです!!!」
先輩「だめじゃーーーん!もっと積極的にいかないと!でもあの天ぷら屋から向こうの交差点のとこまではウチのエリアじゃないから。あの線超えて営業したらあそこにいる怖いお兄さんにボコボコにされるから気をつけてね!」
出野「既にめっちゃ見てますね…」
先輩「うん。睨んでるように見えるけど、乱視なんだって」
出野「コンタクト…しないんですね…」
先輩「そうみたいね。さ、どんどん営業して!出野くん歩合なんだし!」
出野「がんばりまぁス!!!」
この仕事は、歩合と時給が選べる。
バイトの面接から戻って、そのことを起業家3人に伝えたところ
3人「じゃあ歩合で(^^)」
となって今に至る。聞かなくてもわかってた。あの3人はおもしろい方しか選ばないし、結局僕のことはなんとも思ってない。炎天下に出るのは僕で、いまが真夏だということも味わいくらいにしかおもってない。この暑さの中、誰が、好き好んで人力車のバイトを始めるというのか。そしてこの暑さの中、誰が好き好んで人力車に乗ろうとおもうのか。タクシーのほうが安くて涼しいし、僕でも絶対そっちに乗る。そもそもあの3人は社長になる前に自分でこういう苦労をしたこと
怖兄「おい」
出野「は、はい!!!!」
怖兄「おめぇ…新入りか?」
出野「はい!きょうからはじめました!!!出野達也です!よろしくおねがいします!」
怖兄「よろしくじゃねぇよぉ!!!つま先でてんだろぉおおお!!!」
出野「え!いや、そんな!とんでもございません!ちょっとした手違いで!はい!」
怖兄「こんどおまえ、あれだかんな、つぎはいちいち言わねぇぞ。出てるとこその場でちょん切るからな。覚えとけよ」
出野「わかりましたぁ!二度と出ません!」
怖兄「よし。それでいい。あ、おじょうさん♡人力車いかぁっすか〜?♡」
乱視のお兄さんに怒られた。今までの暮らしにこういう人たちはいなかったので、とてもヘコむ。でもヘコんで何もしないと、収入がゼロになる。なぜなら僕は、歩合だからだ。
出野「じ、じんりきしゃ、いかぁっすかー?」
——–
—–
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結局初日の収入はゼロ。
誰ひとり僕の人力車に乗ってはくれなかった。これほどまでに人力車を曳きたいと思ったことがあっただろうか。だけど誰も乗ってない人力車は曳いても売上にならないので、バーに触らせてすらもらえない。つまり僕は、声かけて断られるだけで初日が終わった。なにはともあれ、みなさんに報告しないといけない。
出野「初日がおわりましたぁ…ゼロでしたぁ…」
A「ん?なにが?」
なにが!!!!!???
僕に人力車やらせてること!わすれてる!!!!
B「初日だったね。おつかれさま(^^)」
やっぱりBさん。お優しい。すてき。一生ついていきます。
A「おーそうか。そうだった。いくら稼いだ?」
出野「ゼロでした…」
A「ソカー。なんて言って営業してるの?」
出野「えーと、やっぱり、『人力車いかがですかー?』みたいな」
A「あー、それじゃダメだ。モテない。」
B「ですねー(^^)」
出野「え????」
次号へつづく(いでの・たつや) 1994年、兵庫県生まれ。元かけだし俳優、高校卒業と同時に上京。文学座附属演劇研究所卒業後、エキストラ出演やアルバイト勤務を華麗にこなし、たまたま仮想通貨で得た大金を秒速で盗まれる。Twitterアカウント(@tatsuya_ideno)
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