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第530回 9月26日「何もせずに3億かせぐ話」

・みなさん、何もせずに1年寝てたら3億もらえるって話があったら、どうしますか(ただしこの話、相当にやばいので、『小説』だってことにしといてください)。

・ゲーム業界が好景気に湧いていた頃、僕のような自由な立場の人間にはぶっとんだ話がたくさん舞い込んできていた。ある日、某ゲームメーカーの役員から呼び出されいきなり「3億円かせぎませんか」と言われた。何をするんですかと聞いたら「いや、何もしなくていいんです」と答える。

・「今ここに30億あります。これに見合うゲームの制作に、取りかかってください」
 とまどっていると、そこから話は意外な方向に進んだ。
「いや、取りかかるだけで、仕上げなくてもいい。というか、仕上げないでほしいんです。とにかくお金だけすぐに払いますので受け取ってください」

・「ただし1年後に、そこから27億を返してください。つまり渡辺さんは差し引き3億の儲けとなります」
 30億を預かって、1年後に27億返す。どういうこと?

「ゲーム制作は、ポシャったことにしてください。それで、そこまでにかかった費用として3億を差し引いて、残りを返してもらう。それでいいんです」
 大きなゲームが制作段階で中止になったり、完成してもお蔵入りすることはよくある。けれど、それを前もって決めてやるって、何のために?
「節税のためです」

・早い話、その年その会社は「儲けすぎ」ていたのだ。そういえば、そこが開発したゲームエンジンが新しいゲーム機の基本プログラムに採用されたという噂を聞いていた。いきなり莫大なロイヤリティーが入って来たのだ。もちろんあわてて税金対策したのだろうが……臨時ボーナス出したり外車やヘリコプター買ったり……そういうことにも限界がある。年度末を控えて30億円ほど余ってしまったわけである。

・税務署に目をつけられないように自然に、巧妙に資金をプールするために、考えたのがこの方法だったのだ。余ったお金を正当な名目をつけていったん僕のところに投げてくる。それを1年後に投げ返す。つまり単純なキャッチボールである。

・30億余ったら、税金でその半分、15億は持ってかれる。残り15億。それがこの方法なら、僕に3億払っても27億になる。つまり、彼らとしては12億の儲けになるということなのだ。

・30億かけて本当にゲーム作ればいいじゃん、とも思うのだが、大急ぎででっちあげた企画でモトがとれるほど甘い世界ではない。ならノーリスクで12億稼いだほうがいいのだ。そして僕の側は3億の儲け。1年間、寝てるだけで3億。しかもこれ、まず先に30億入って来る話だから、とりっぱぐれもない。とんでもなくおいしい話である。

・しかし、これはサギではないのか。脱税の片棒をかせいでることにはならないのか。公認会計士に聞いてみると、いくつか条件つきだが可能だと言われた。条件とはまず、そのゲーム制作が明らかなダミーではないこと。30億に見合う規模で、ちゃんとスタートすること。

・そして1年後、ゲーム制作が止まったことにしてお金を戻す時に、形式的にでも法的なアクションを踏むこと。つまり渡辺さんが民事で告訴されて、裁判やって負けて、しぶしぶ金を返すという段階を。

・この二点に留意すれば、まあ大丈夫だという。どちらも簡単だ。ゲーム制作をスタートする(ふりをする)としても、かかるお金はせいぜい数千万だ。3億もらえるのだからそれくらいはなんでもない。裁判も出来レースで、負ければいいだけだから何の苦労もない。

・作業はスタートした。まず、企画が必要だった。当時はゲーム雑誌のインタビューページなどで、ゲームメーカー社員の制作者が顔出しをし始めた頃だ。そんな中で特に目立ちたがり、出たがりであることで知られているAというゲームデザイナーに声をかけた。

・「何かゲームの企画ない?」「予算は?」「30億」
 AはすぐにRPGの分厚い企画書を持って来た。自分の所属会社で没になった企画なのだろう。細かい仕様までが書き込まれていて、万一、国税局の調査が入ったとしてもクリアできるレベルのものだった。僕はその日のうちにOKを出し、彼に1000万を振り込んだ。

・企画の買い取り契約も結んだし、Aとはそれきりのつもりだった。僕は新宿のビルの1フロアを借り、そこに並べたデスクを埋めるためだけにアルバイト数人を雇った。

・ところがそこにAがやって来た。彼は会社をやめていた。お調子者の彼は1000万で舞い上がってしまったのだ。
「自分の企画なんだから、自分で作りたい」
 彼はその、形だけ整えたゲーム制作室を見渡して、自分にはここのリーダーとなる権利があるという主張をまくし立てた。いやこのプロジェクトはうまくいくかどうかはわからない。うまくいかなければ1年くらいで中止するかも、と、僕はついそんな本当のことまで言ってしまったが、彼はひいてくれない。
「うまくいかせますよ。おれ、そろそろ自分のゲームを作りたいと思ってたんすよね」
 なにせもう会社をやめてしまっているのだ。気が大きくなっていた彼は上司や同僚に大言壮語をぶちかまし、社長には罵詈雑言と辞表を叩きつけてきていた。しかたなく僕は彼を雇うことにした。もちろん1年ごとの契約更改を前提に、ただし前職の倍の給料を保証した。こちらとしてはそんな出費は屁でもないのだ。

・給料は払うけどまだ準備期間だから遊んでいてくれてもいい。そう言ったにも関わらず彼は翌日から毎日、ダミーオフィスに出社してきた。僕からはただ『大英百科事典』を書写し続けておくようにとしか言われていない学生バイトを勝手に集めては、意識高いブレインストーミングを行ったりしていた。

・僕のところにも10分おきに電話をしてきた。こんなアイデアを思いついた。あんな仕様も入れてみたい。もっと機材を買いたい。人を入れたい。胸が痛むことに、僕は彼に、あんたの仕事には一切期待していないと、言えないのだった。彼には働かないでほしかった。ただ、寝ててもらいたかった。どんなにいいゲームが出来ても、1年後にはポシャるのだから。

・うまく行くかどうかはまだわからないのだから最初は静かに始めよう。そう何度も言ったのだが、彼は有頂天になり、知り合いという知り合いにそのゲーム企画を吹聴していた。

・ある日、とあるゲーム雑誌を開いた僕は思わずあっと声をあげてしまった。そこには……。

   (つづく)

作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。


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