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空のボトルを眺めて7時間…スナックに出没する“氷大好きおじさん”の大迷惑な生態

 都内某所にある6坪ほどのスナック「K」には、今宵も赤ら顔の中年酔客たちが花盛り。そんな客たちとカウンターを隔てて接するのは、人間の業を全身に浴びるのが生業の女怪談ライター。酒場観察日記、第2回!

酔いどれスナック珍怪記 第二夜 さみしい奴ら2

「今日はあんまり長く居ないから。すぐ帰るよ」  無意味にニヤつきながら吐き出された磯山のその台詞を聞くと、気分が憂鬱になる。(長くなるぞ…)とこちらは覚悟する。すぐ帰ると言う時ほど長く居座る。一体何のための宣言なのか。ツッコミ待ちなのか。  今回この連載を始めるにあたって、絶対この磯山のことは書こうと決めていた。この記事を読んでスナック遊びをしてみようという有難い人がもし仮にいるならば、絶対彼のようにはなってほしくないからだ。なので、もう少し面白い酔っ払いをたくさん書いてから爆弾磯山話を投下しようと考えていたのだが、わたしのイラつきゲージがMAXに到達してしまったのでこんなにも早く登場させることになってしまった。奴に負けた気がしなくもないので微妙に悔しい。  その日、時刻は20時。店は開店したばかりでノーゲストである。  そんな中、待ちわびた最初のお客だったわけなのだが、それが磯山だとわかると隣に立つマスターの顔が一瞬にして曇るのが感じ取れた。わたしの顔に至っては雷雨。 「ボトル、まだ残ってたよねぇ?」  わかっていてそんなことを聞く。 「はい。残ってますよ。お久しぶりですね!」  僅か一センチ程度残されたウイスキーのボトルを棚から取り出してカウンターに置いた。つい営業スマイルを向けてしまう自分がツラい。今日はこの一センチのウイスキーで何時間粘る気でいるのだろうか。  氷を山盛りに入れたロックグラスにアイスペールにトング、おしぼり二枚にチェイサーに灰皿という通称「磯山セット」を用意する。  彼は要求が多い。どうやら、グラスからはみ出るくらいに氷が山盛りになっていないと気が済まないらしく、一口飲むごとに氷を追加するのでアイスペールが常に目の前にないとキレる。客数が多い時にアイスペールを丸々ひとつ独占されると結構困るのだが。あと、やたらおしぼりを使う。忙しい時にいちいち呼び止められると面倒なので来た瞬間に全部出すことにしているのだ。 「今日はまだ一軒目ですか? 最近来ないからどうしたのかなぁって思ってたんですよ」  とりあえずお決まりの文句で話しかけるが、正直あんまり話したくはない。磯山が自分から話すことは大抵決まっている。  ・金がない。  ・体調が悪くて死ぬかと思った。  ・俺は不幸。  だいたいこの三つに絞られる。三つというか結局のところ最後の一つに集約されるのかもしれない。自分が不幸だと思っているので、自分より悲惨な人の話も大好きだ。わたしが酔っぱらって階段から落ちたときも楽しそうにしていたし、地震のニュースを観て笑っていた時はドン引きした。 「いやぁ、先週入院しちゃってよぉ。仕事も辞めたばっかりで金もないからさぁ。なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだって思ったよ」 「あらら。そうだったんですか。お酒なんて飲んでも大丈夫なの?」  予想通りの話題に辟易しながら、ほんのり嫌味を込めて訊く。 「うん。まぁ酒はな」  ここで普通だったら、「じゃあ乾杯しましょう!」とボトルから一杯頂くところなのだが、金が無いという先手を打たれているのでそれが出来ない。一センチのウイスキーが無くなっても新しいボトルを入れる気はないからだ。我ながらある意味優しい。関係ねーよ!飲ませやがれオラオラ! という強気な営業ができるようになりたいものだ。
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別の客と話していると…
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