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空のボトルを眺めて7時間…スナックに出没する“氷大好きおじさん”の大迷惑な生態

 会話もそこそこに、磯山はあっという間に飲み干したウイスキーの空のボトルを逆さにして振り出した。これがいっっちばん嫌なのだ。この瞬間から居る間ずっとこの動作を何度も繰り返す。なんなんだ!? 空のボトルをいくら振っても酒など出てこない!  新しいボトルを入れることを勧めたいが、勧めるとわりとキレるのであとはもう「帰る」と言われるまで放っておくしかない。脳内のわたしは既に拡声器を片手に「はい!解散!かいさーん!終わりです!どうぞ!お気をたしかにお帰りくだーい!」と喚き散らしている。 「ユキナ、その服新しく買ったの? いいねぇ稼いでる人は~。俺はコンピューターできないからさぁ」  ぼやきつつ片手でボトルを振りながら、カウンター越しに私の新しいワンピースの襟を掴もうと手を伸ばしてくる磯山。ファック。  うんざりしていると扉が開き、常連の田中が入って来た。  よくぞ来てくれてた救世主田中~! 性格の歪んだキミでもこの状況下ではオアシスだぜ~! という心の声が半分ぐらい口に出てしまう。  やたらとテンションの上がったわたしに、田中は一瞬不思議そうな顔をしたが、カウンターに座る磯山の姿を見つけるとすぐさま状況を察したらしく、「なるほどね」と言わんばかりの苦笑をした。常連客たちは皆、磯山の性質を理解しているので、かなりの割合で塩対応を決め込んでいる。彼から離れた奥の席に腰かけた田中は生ビールを注文し、「二人も何か飲めば?」とスマートな発言をしてみせた。カッケーなお前。 「わーい!ありがとうございます!」  何頂きましょうか? とマスターと話していると 「爪楊枝くれる?」  と磯山の湿った声が飛んでくる。爪楊枝だと!? 目の前にあるやんけ爪楊枝! 自分で取れるやんけ爪楊枝!  いつもこんな具合に、何か別なことをしている時に要求を出してくる。皿を洗っている時にカラオケの曲を入れろだとか、デュエットを歌っている時に新しいおしぼりをくれだとか。それはわたしたち店員に対してだけでなく、周りのお客に対してもそうなのだ。
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スナックは皆で作り上げる空間だ
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