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初めての時代劇演出と中村雅俊さんのこと/鴻上尚史

雅俊さんが微笑むとみんなが微笑む

 忘れもしません。  2007年、『僕たちの好きだった革命』という舞台で僕と中村雅俊さんは出会いました。  稽古休みにプロデューサーから電話がかかってきました。それは、雅俊さんが骨折したという衝撃の内容でした。詳しいことは、明日、稽古場で雅俊さんに聞くしかないと、プロデューサーは途方に暮れた声で言いました。  次の日、稽古場に松葉杖をつき、足をギプスで固めた雅俊さんがやってきました。 「どうして骨折したんですか!?」  思わず問いかける僕に雅俊さんは、「いやあ、ビデオデッキを移動させようと思ったらさ、足の上に落としちゃって、折れちゃったよ」と満面の笑みで言ったのです。  演出の僕もプロデューサーも、つられて微笑みました。雅俊さんが微笑むと、スタッフも自動的に微笑んでしまうのです。微笑んでいる場合じゃないのに。  結果として、雅俊さんは、ギプスをしたまま、ファイティング・シーンも見事に演じきりました。  病院に行って、レントゲンを撮るたびに、くっつきそうだった骨がまた離れていくのが分かったそうです。
中村雅俊

プレスリリースより

 雅俊さんの微笑みを見ると、「ま、なんとかなるか」という気にさせられるのです。そして、実際、なんとかなるのです。  雅俊さんに相応しい時代劇にしようと考えて、歌あり、ダンスあり、宙乗りありの「ファンタジー時代劇」というものにしました。  今回、雅俊さんが演じる「勝小吉」というのは、なんのことはない、勝海舟の父親です。『夢酔独言』という自伝を残しています。  この人が、じつに魅力的で、この自伝は英訳まで出ています。勝小吉の物語をやると知ったアメリカ人の友人が、「絶対に見に行く」と興奮して連絡してきました。  武士に生まれたのに、おべっかが言えず、就職に失敗し、生涯、無役で町人達の用心棒や古道具を売りながら生活した人です。それで、息子が勝海舟なんですから、すごいです。  ジョージ秋山さんの名作マンガ、『浮浪雲』は、勝小吉がモデルだったんだなあと分かります。  そんなわけで、初めての時代劇をうひょうひょと楽しんでいます。いくつになっても新しいことを体験できるのは素敵だなあと雅俊さんに感謝しているのです。
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