更新日:2019年10月30日 21:06
エンタメ

総制作費38億円、愛の歌だけを歌うミュージカルのこと/鴻上尚史


絶対に拍手をしない男性の正体は?

 38億円もかかったのは、70曲の楽曲使用料が大きかったそうです。  歌が始まると客席がざわめくのです。それは「ああ、ここでこの曲を使うんだ。なるほど。このシーンにこの曲、あうなあ」とか「いや、この曲は名曲だけど、ここではどうよ」という反応でした。  これもまた、唸りました。そうだよなあ、70曲もあれば、知ってる曲はたくさんあるだろうし、どこでどの既成の歌を歌うかという楽しみもあるよなあと感心したのです。  僕個人としては、突然、ユーリズミックスの「スイート・ドリームス」が始まった瞬間は、お尻が椅子から数センチ浮きました。  セットもとにかくド派手です。  でも一番驚いたのは、開幕前に、いきなり、スタイルのいい、きれいな女性が二人、長い剣をゆっくりと飲み込む動きです。  よく見せ物とかであるじゃないですか。上向いて、口を開けて、ゆっくりと長い剣を垂直に下ろして、飲み込む芸。あれを、あきらかに出演者でダンサーで歌も歌うきれいな女性がやるのですよ。  んで、飲み込んだ後、また、ゆっくりと取り出すのですよ。  いや、あなた達は毎日、これをやってるの?と心配になりました。むせることもあるだろう。咳き込んだら、食道切れるよ、どうするの。一週間に8回、公演するんだからさ。それを何十、何百ステージやるんだからさ。  マジックなのか? 剣は勝手に縮むのかと目を凝らしたのですが、美人の女性はただ飲み込んで、吐き出すだけでした。分からん。  見た日が、正式初日の前日(それまではプレビューという試行錯誤の長い日々なのです)だったので、隣は、あきらかに劇評家と思われるおじさんが座っていました。  このおじさん、一曲ごとにこまめにメモをするのですが、まったく拍手をしない。どんなに素敵な歌でも絶対に拍手をしない。  だんだんと腹が立ってきて「失礼ですが、あなたはお芝居が好きですか?」と聞きたくてしょうがなくなりました。でも、もし、そう聞いて、「私の快楽は拍手とは関係のないところにあって、私の感情表現は本質的には~」なんて難しそうなことを英語で言われたら死ぬしかないのでやめました。しかし、この人最後もほとんど拍手しないでメモしてました。なんなんでしょ。
ミュージカル

※写真はイメージです

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