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「酒がすべて」のスナック客を見ていると、時間の大切さが身に染みる…

 学生サークルが酒量を競い合うように飲むのとは別に、スナックに集まる人種は良くも悪くも酒飲みの高段者たちだ。会話を楽しむ、色恋に溺れる、カラオケで喉を鳴らす、酔った自分に酔う――スタイルは違えど、皆それぞれ、自分が楽しくなれる得意形を持っている。だけど、それって本当に充実した人生? 夜毎、高揚と後悔を繰り返す筆者が、酒飲みの存在と時間について、改めて考察する。

第十一夜 酒と時間とお金と涙

 酒場で様々な人間を眺めていると、その人の時間とお金の使い方がわかる。  ぱっと飲んでぱっと帰る人、絶対に帰る時間を決めている人、たいして飲まないのにうだうだと長時間居座る人、明日が会議だと言いながら明け方まで飲む人。  最初の二者をわたしは尊敬している。自分の中に美学とルールがあって、それを守れる人間だからだ。酒を飲んでいて、自分を律することは本当に難しい。大抵、後の二者のように「まぁいいか」とか「このまま朝まで飲んじゃうか」とか、酒による思考の鈍りも手伝って、いろんなことがどうでもよくなる。  最近、酒を飲んで酔い潰れている時間の無駄というものをすごく考えるようになった。たいして疲れも取れないくせに、潰れている時間というのは意外と長い。朝までノンストップで飲み続けていると、次の日が休みでも目が覚めて身体が動き始めるのは日が傾いてからで、結局ろくな場所に出向くこともできない。  これが午前中から行動できていれば、美術館に行って、そのあと映画館に行って、夜には本の一、二冊ぐらいを読むこともできる。年々体力もなくなって踏ん張りが利かなくなり、本来インプットに使えるはずの時間をどれだけ酔い潰れているだけで浪費しているのだろうかと考えると頭がくらくらしてくる。  これはTwitterなどでも度々書いていることなのだが、わたしは酒というのは、旅行や音楽、読書や映画や絵画鑑賞など数ある時間の使い道のうちのほんの一つだと思っている。酒場に勤めている人間がこんなことを言ってはいけないのかもしれないが、仕事という避けられない労働時間以外のすべてを酒に使ってはいけない気がする。  まぁ使うのは自由なのだが、あとに残るのは空虚でがらんどうの自分だけだ。酒場でしか得られないものは多いが、酒場にだけ留まっていては決して得られないものも外の世界には同様に多い。  ゴミちゃんは仕事以外の時間のすべてを酒に使ってしまう人間だ。なんならたまに仕事の時間にも食い込んでしまう。彼は都心から外れたベッドタウンに住んでいるが、勤務先もその自宅から徒歩数分の場所にある。  にもかかわらず、仕事が終わるとわざわざ電車で40分近くかけて都心に出てきて、それで朝まで飲む。遠出はしない。何かを読んだり観たりもしない。時々パチンコくらいはするけど、手に入った金はすべて酒を飲むために使う。それが彼のすべてなのだ。彼は時折こう口にする。 「だって、他にやることないんだも~ん」  それを聞いてわたしは純粋に驚愕する。そして羨ましいと思う。人の持て余している時間を売り買いすることができればいいのに。
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酒がすべての人間の限界
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