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大歌手が父親から受けていたプラスとマイナスの影響とは?

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第158回
歌手

※写真はイメージです

 美空ひばりという昭和を代表する歌手がいます。「愛燦燦」「川の流れのように」といった歌謡曲で一世を風靡し、女性で初めて国民栄誉賞を受賞しました。  美空ひばりは昭和12年に横浜市磯子区で生まれます。父親の加藤増吉は「屋根なし市場」と呼ばれる下町で魚屋を営んでいました。増吉はもともと栃木県にある農村の四男坊で、16歳の時に横浜に出てに魚屋に奉公し、22歳で自分の店を持ちました。  彼は非常に仕事熱心だった一方で趣味人でもありました。浪曲、都々逸、端唄などをたしなみ、魚を売る際も独特な節をつけて、唄うように商売をしていたといいます。  行動の背景には、常に人物の影響があります。子供に対する親の影響は特に強力です。そうした環境で育ったことが、「歌手・美空ひばり」を育てたことは想像に難くありません。  美空ひばりには暗唱の才能がありました。この才能を発見したのも、増吉でした。全国的に百人一首が流行した時、彼は自分の店に人を集めて、カルタ会を開いていました。  この時、増吉が上の句を読み上げると、美空ひばりは全100句のうち75句の下の句を暗唱してみせました。まだ字も読めない3歳の頃のエピソードです。娘の才能に気づいた増吉は民謡や流行歌を、彼女に教えこみます。  ただ、自分の娘が歌手になることに対して、父親は反対していました。美空ひばりは自著『ひばり自伝―わたしと影』(草思社)で、「父自身は芸事の好きな人でしたが、芸人の生活を浮き草的な水商売、という気持で見ていたこともたしかでした」「わたしが芸の道を歩き始めることにはいつも反対でしたし、そうしたい、という母とも、よく意見の違うことがありました」と記しています。  実の父親に「浮き草的な水商売」と思われ、反対され続けても歌手になる。しかも、その素養を他ならぬ父親から身につけている。それが人物の影響が作り出す、人生の不可思議です。
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子供は親の背中を見て育つ
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