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新人俳優はなぜ人気女優の心を射止められたのか?

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第156回
デート

※写真はイメージです(以下、同)

 石原裕次郎という俳優がいます。兄の石原慎太郎が芥川賞を受賞した小説『太陽の季節』が映画化された際に脇役としてデビューし、『狂った果実』『嵐を呼ぶ男』などの出演作で瞬く間に人気になった昭和の大スターです。  石原裕次郎は1960年に石原まき子と結婚しました。彼女はもともと「北原三枝」の名で活躍した女優で、1956年に『狂った果実』で石原裕次郎と初共演しました。その後、日活が二人をコンビとして売り出し、計23作品で共演しました。 『狂った果実』には二人のラブシーンがありました。そのラブシーンについて、石原裕次郎は自著『口伝 我が人生の辞』(主婦と生活社)で、「『僕たち、一緒になるんだろうな』このとき、ふと、そう思った」と記しています。その想像は4年後に現実になりました。  想像には「現実になりやすい想像」と「現実になりにくい想像」があります。この二つの想像の違いは、「対人関係」と「連想」です。誰かとやりとりしている時に、「こうなるんだろうな」と自然に連想できたことは、現実になりやすい傾向があります。  その反対に、独りよがりの想像はなかなか現実になりません。「高級マンション、高級車、高級時計、海外旅行」といった贅沢な暮らしをどれだけリアルに想像しても実現しないのは、「対人関係」と「連想」がないからです。そうした想像は「そういう暮らしができたらいいな」と期待するだけで終わってしまい、行動に繋がりません。仮に行動したとしても、三日坊主で終わってしまいます。  行動の背景には、常に人物の影響があります。北原三枝は石原裕次郎よりも早くデビューしていて、『カルメン純情す』『君の名は』といった映画に出演していました。彼女のファンだった石原裕次郎は彼女との共演を周囲に自慢し、撮影の場に十人近くの友人が集まりました。そんなラブシーンだったからこそ、「一緒になるんだろうな」と連想できたのです。
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石原裕次郎が北原三枝と結婚できた根底
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