世界的に急増するDV。自宅こそが危険地帯になる人への想像力を持て/鈴木涼美
4月6日には、東京都江戸川区の自宅マンションで、収入減を巡って口論になり妻を暴行した会社員、牧野和男容疑者(59)が傷害容疑で逮捕。妻は搬送先の病院で約2時間後に死亡した。外出自粛によるDV被害は世界的に急増している
私はついついコマ劇前とか噴水広場と言ってしまうけど、今はもちろんその場所には東宝の立派なビルが建っていて、噴水池は埋め立てられて、だからそこに屯する子供や若者を、最近ではTOHOキッズと呼ぶのだと、今年に入ってから教えてもらった。
昔から家出少女の溜まり場ではあったが、年々低年齢化する彼女たちの姿は確かにキッズと呼ぶにふさわしく、年齢的に部屋を借りたり結婚したりはできないし、「自宅」があったとして、それは親なり何なりが所有する一箇所だけだろう。その場所よりこの繁華街の一角を居心地がいいとか安全だとか感じる子供たちがいつの時代にもいたのだ。
新型ウイルスの混乱の最中で世界は、外出を控えて自宅にいる、という方針でほぼ一致している。そして早くから国民が自宅軟禁状態となったフランスなどを中心に、DV相談件数は急増、国連事務総長が声明を出すほどの社会問題となった。
遅ればせながら流れに乗る日本でも既に、家庭内暴力による事件が一部で報道された。休校や在宅勤務で自宅内にいる人数が増えればぶつかり合いが増えるのも頷けるし、不安は空気をピリつかせるし、都市部の「自宅」はただでさえ狭い場合も多い。
全体を見れば夜の街でのトラブルや暴力事件は減り、交通事故などが起きにくい状態とも言えるが、外で減った危険のいくつかが家の中に持ち込まれるのなら、自宅こそが危険地帯となる世帯もあるだろう。
インスタグラムで「おうち時間」をアップしたり、過ごし方の工夫を紹介したりといった行為はいかにもキラキラしていて鼻にはつくが、何が起きようと生きている限り日常は続くのだし、実際彼ら彼女らは逞しく正しいとは思う。
ただ、「自宅にいたって楽しみは見つけられるよ」というそれらのメッセージは、たとえ外出自粛が不便で不都合で不自由で時に不快であっても、外より自宅の方が安全だ、という大前提があるからこそ成立するわけで、その前提が通用しない場所への一縷の想像力が欠如すれば、たちまち暴力性を持つ。
一つの方向性が偉い人の発言によってお墨付きとなった時、ネットを中心とした言語空間には、強い自信を持って他者を否定する言説が飛び交う。他者が外出する様子があれば自分勝手だとか感染源だとかいう輩が湧き、皆が「我慢していること」を我慢しない放漫な人間や、在宅という「簡単な要求」すら飲めない無法者に言葉の刃を向ける。
しかし外での用事に緊急性がなくとも、自宅を離れる緊急性がある人もいて、そういった人たちには「自宅にいろ」という言葉一つがとてつもなく残酷に響いているかもしれないし、簡単ではない要求を満たすための我慢こそが命取りになることもある。
本来、最も重要なのは「自宅にいろ」という方向性を打ち出す政府が、そうした細部への想像力を持って安全網を張っていることなのだが、今の政権を見る限り、そんな高度なことはあまり期待できないので、せめて大衆の言葉に想像力が見えれば、命取りになりうる我慢は減らせるかもしれない。
撮影/加藤 岳
※週刊SPA!4月14日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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