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五輪を人生のハイライトにしたいだけのノスタル爺/鈴木涼美

3月24日、東京五輪延期について会見する大会組織委員会会長の森喜朗氏。「私自身、もう駄目だと言われたがんが新薬で助かった。そういうことに期待しようじゃありませんか。そうじゃなきゃ世界は救われませんよ」と新型コロナウイルス感染拡大の解決を祈った 森喜朗氏

森と五輪にかこまれて/鈴木涼美

 津波で転覆した豪華客船からの脱出劇を描いた映画『ポセイドン・アドベンチャー』の原作者であるポール・ギャリコは、猫が猫目線で猫向けに書いた猫ライフハウツー本を人間に読みやすいよう巧みに解読・翻訳した実績がある。  類いまれな人間観察力を持ったその猫でも、類いまれな言語力で猫語を操ったギャリコでもいいから、もし健在なら、五輪延期を受けた人間たちの反応を観察し、ついでに『森語の教科書』でも編纂して我が国の五輪組織委員会会長の奇怪な発言についてその思考回路のウイットに富んだ解説を願いたい。  神の国に暮らす御年82歳の森会長が毎日新聞のインタビューで、前出の映画の牧師の台詞になぞらえ、「神は私と東京五輪にどれほどの試練を与えるのか」と発言し、小さな話題を呼んでいる。  特効薬やワクチンが開発されるよう「八百万の神よ英知を与えたまえ」と、とにかく神と交信したがり、高齢者で重症化しやすいといわれるウイルスがパンデミックで自分が後期高齢者であっても、神たちに守られているからか、一時は「マスクをせずに頑張る」と、ナウシカ風の蛮勇まで見せていた。  何が象徴的かって、とにかく彼が、昔々あるところにスポーツ能力に優れ、加えて志高く政治の世界に飛び込み、高度成長期の夢を再び国民に見せてやるために命を賭して尽力した男がいた、というオレ物語の主人公である点だ。  主人公には当然絶望しない程度の困難が降りかかり、絶望しない程度に波乱の展開が待ち受け、それら全てが彼の物語を盛り上げる。誰かが失意のまま消えたり、名もなき者たちに多大な犠牲を出したりしても、主人公はなんだかんだ無傷。キングダムでもバキでも主人公は致命傷を負っても死なない。  人生の主人公は自分、というと三流自己啓発セミナーの謳い文句みたいだが、優れた指導者は、自らが率いる者たち一人一人が主役として活躍できる舞台を用意する。  しかしながら神の国の五輪会長をはじめ、「自分の最も輝かしい業績になるはずだった五輪」の延期が決まった直後に急にウイルス感染爆発アラートを出してリーダーシップを発揮しだした都知事も、五輪にしがみついて遅れたウイルス対策をお肉券なんてアイデアと業界利権の詰まった商品で乗り越えようとする首相も、「オレの人生の主人公はオレ!」とある意味無邪気に三流セミナーの生徒側の物語を生きる。  だからこそ都市計画も大義もない五輪が、ウイルスによって止まる直前まで平気で進行していた。先行き不透明な今見えてきたのは、五輪が彼らのオレ物語のハイライトでしかなかった事実と、開催よりよほど先行き不透明な開催その後の物語である。  ちなみにCGを駆使した’06年版の『ポセイドン~』は、原作や’72年版映画で描かれる人間劇と人間の本質的な強さや弱さが省かれていたせいで、「最低のリメイク」「才能ゼロの焼き直し」と酷評された。  東京2020が、東京1964の最低なリメイクにならないことを祈りつつ、神の国のお爺さまのノスタルジックな五輪ドリームこそが、後の世代により一層の試練を残す可能性を、誰か森語に逆翻訳して伝えてくれたらなぁと思う。 写真/時事通信社 ※週刊SPA!3月31日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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