仕事

モテそうなのにセクハラをする男の歪んだリスク意識/鈴木涼美

 アパレルブランド「アースミュージック&エコロジー」を展開することで知られるストライプ・インターナショナルの石川康晴社長が複数の女性社員にセクハラ行為をし、’18年に臨時査問会が開かれた際の資料を、3月5日朝日新聞が報道。報道当初はセクハラを否定していたが、翌6日には辞任を表明した

淫行と情熱のあいだ/鈴木涼美

 高リスク高リターンの象徴がレザボア・ドッグスの強盗やカジノロワイヤルのポーカーだとして、低リスク低リターンが堅実なアルバイトだとして、どちらを選ぶ者の気持ちも状況も、人は共感しなくとも想像はできる。ただ、リスクだけ高くてリターンがないように見える行為というのもこの世界には結構あって、狭い道路でドリフトするとか、AV出るとか、それをしない人には理解不能に見えるけど、本人には常人の想像が及ばないリターンがあるとも考えられる。  土や枯れ葉っぽい色の服を主に扱う人気アパレル会社の社長がセクハラ報道をきっかけに辞任した。ワインスタインこそハリウッド女優を抱いていたかもしれないが、近年の国内企業や役所トップのセクハラ騒動こそ、何も見返りなくリスクだけぶち上げた行為の代表格にも思える。  仕事相手に「胸触っていい?」と聞いた件の次官にせよ、社員に「内緒だよ?」と送ったLINEが晒された今回の社長にしろ、「もちろん! 触ってー」と言われる可能性はほぼ皆無で、ホットラインに電話されたり、友人らに話されたりする可能性はものすごく高い。  そう考えると彼らの目的は、快くおっぱいを出してもらうことではない。他人から見ると理解不能な見返りは性の分野で多いらしく、モテるのに風俗好きもいれば、お金があっても売春する女もいるように、戸惑う顔なのか背徳感なのか支配欲なのか、セクハラオヤジにも、意中の美女を射止めるとかではない極上のリターンと思っているものがある気がする。  この社長、写真で見るより精悍な顔だというし、オカネモチだし、私は興味ない色味だけど一応オシャレな会社の社長だし、逆に女にモテておかしくないのだが、不自由していなそうな人が何故という反応は見当違いで、セクハラ発言が多い男はモテ経験がある場合が多い。(年収や地位が高いから結婚需要によって)かつてモテたとか、(国のお役人だから地方の接待では)女性にチヤホヤされたとか、そんな経験がリスク分析を異様に甘くした結果、彼らの曇った目ではノーリスク極上リターンになっている可能性は高い。 「なんでもかんでもセクハラ」と愚痴る声を聞くが、罰せられるべきは何も「女好き」な男ではなく、彼らのような「自分好き」が余りある行為である。恋愛とセクハラが別なのは当たり前だけど、単に気持ち悪い人とセクハラもまた別物だ。  私がたとえば行きつけの本屋の店主に「ずっと見ていました、愛してます」と長い手紙を送ったとして、受け手である店主は大変気持ち悪いかもしれないが、罪とは言えない。気持ち悪く生きる自由もまた私たちは持っているわけで、自分の受けた「気持ち悪い」口説き文句なんかをセクハラ報道に便乗して晒すような行為については、受け手側に改めるべき姿勢がある。  あやまちはおそれずに進むあなたを見つめていたいと歌ったヒット曲があったが、愛しさと犯罪と気持ち悪さとの境目を意識せずに突き進むあなたを見つめているのは篠原涼子ではなく週刊誌かもしれないので、男女ともに、そのあたりの境界については原理原則を意識して過ごしたほうが良い。 ※週刊SPA!3月17日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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