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<純烈物語>衝突しても引きずらない、メンバーとマネジャーの男臭い絆<第45回>

純烈お台場

<第45回>衝突しても引きずらない男同士の関係性。純烈ならではのメンバーとマネジャー

 いくつもの職を転々とした山本浩光にとって、現時点でもっとも長く続いたのがパチンコ業界の仕事だった。株式会社平和でのサラリーマン生活が5年、その後に独立し自分の会社を設立。  野球もパチンコもタマを打つジャンルだが、おそらくこれはたまたま。そして、その13年間で山本は白と黒を味わったのだという。  パチンコ好きで選んだ道といっても4番バッターよろしく打つ方ではなく、台を販売する営業マン。入社するとまず釘調整の“技術職”から始める。  今は法律により変わったが、当時は釘叩きができるようになったら営業に出られるというのがしきたりだった。修行を経て表へ出られるようになると、慣れぬ大阪の街を回りパチンコ屋へ飛び込んでいく。 「パチンコ屋のオーナーさんは独特な人が多くて、仲よくなるまで時間がかかるんです。だから溶け込むまで時間はかかったんですけど苦ではなかったですね。むしろそういうのも楽しめました。
純烈マネジャー山本氏

若かりし頃を懐かしむ純烈マネジャー・山本浩光氏

 そういう中で人とのつきあい方を先輩から叩き込まれましたね。入った時は自分が一番下で、先輩たちになんでもおごってもらえた。『山本、おまえはとりあえず財布を出す仕草だけはしろ。そしてご馳走様でしたと言うだけでいい。だけどな、おまえに後輩ができた時はそれをおまえがやってやるんや』という教えで。それは今も生かされとりますね」  純烈の中で小田井涼平以外は年下となる。マネジャーの仕事としてというより、そうした教えのもとで面倒を見ている。  営業職のキャリアを積んだあと、山本は独立を決意し経営する側に回った。職種としては、メーカーから機械を卸してもらい、それをホールに売るもので市場の仲卸業や中古車販売会社的なものだ。  だが「僕がデタラメだった」ことから経営がうまくいかず。8年続いたものの、最終的にはにっちもさっちもいかない状態となってしまう。  夫人を山口から呼び寄せて結婚したのは経営が徐々に悪くなっていった頃。「嫁さんはホンマ、苦労の連続だったと思います」と山本も申し訳なさそうに声が小さくなる。  高校卒業から16年もの歳月を重ねた上での結婚……さすがはこの夫に対しこの妻あり。人生をやり直すべく会社をたたみ、知り合いのツテで始めたのがミナミの飲食店店長だった。  こうした経緯を踏まえると、山本がG-STAR.PROから誘われた時になかなか首をタテに振らなかったのもわかるだろう。いいことも悪いことも経験してきた中で、ようやく見つけた安住の地。何より、もう妻に苦労をかけたくなかった。
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「去年と一昨年は家で寝ることが100日もなかった」
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