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コロナで凶暴化する“世間”。感染者への攻撃は、なぜ起こるのか?/鴻上尚史

明確な基準のない“世間のルール”

「法のルール」は、明確です。裁判所で裁かれて、罰金の金額や収監の期間が数字で出ます。  法治国家であるかぎり、当事者が全く知らないうちに、罰金が増えたり収監される期間が倍になったりはしません。  でも、世間のルールである「思い」とか「絆」には、明確な罰金も刑期もありません。謝り方、つぐない方も明確ではないのです。  明確ではないのに、確実に罰はあるのです。「世間」から引っ越すか自死するしか、この強力であいまいな罰から逃れる方法はありません。  普段は、人間関係に「法のルール」を持ち出すと、「水臭い」とか「大仰な」なんて言われます。  けれど、コロナ禍のような非常時では、明確な基準がないまま忖度し、思いだけをルールにすることは本当に危険なのです。  いつ、自分が「攻撃される側」に回るか、明確な基準がないのですから。 「法のルール」は明確にあります。この一線を超えたら犯罪者だという基準です。  もし、裁判官が「今日は気分が悪いので厳しめの判決を出します」なんて言ってたら、この国は大混乱に陥るでしょう。  けれど、「世間」のルールは、誰かの気分で犯罪になるのです。誰かの気分で中傷され、ネットに書かれ、ビラを撒かれるのです。  感染者の名前を特定してネットにあげる、なんてのは間違いなく犯罪です。法で厳しく裁かれるべきです。  各地の感染者に攻撃をしている人達は、世間のルールをどんどん厳しくしていって、将来の自分の首を自分で絞めているのです。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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