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コロナで凶暴化する“世間”。感染者への攻撃は、なぜ起こるのか?/鴻上尚史

凶暴化する“世間” 感染者への攻撃は、なぜ起こるのか?

ドン・キホーテのピアス 8月19日に新刊がでます。『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)です。 「日本世間学会」の代表である九州工業大学の名誉教授の佐藤直樹さんと対談しました。  コロナによって、僕がずっと追求している「世間」や「同調圧力」が凶暴化していると感じ、緊急対談をお願いしたのです。  佐藤さんと対談してなるほどと思ったのは、「社会」と「世間」の違いについて、「社会」は「法のルール」によってコントロールされている、ということです。 「社会」は、自分と関係ない人達の集まりですから、ちゃんと法が支配しないと「万人の万人に対する闘争(ホッブズ)」になるというのが歴史の証言です。 「世間」は、自分と関係のある人達の集団ですから、「法のルール」ではなく、「気持ち」とか「絆」「おもいやり」などがルールになります。  で、「社会」がほとんど存在せず、中途半端に壊れた「世間」に生きている私達日本人は、私達を強く縛るものは「法のルール」よりも、「思い」とか「つながり」になっています。  日本では、殺人事件がヨーロッパの3分の1、アメリカの17分の1で、犯罪がそもそも少ないから、「犯罪をおかすな」ではなく「迷惑をかけるな」が世間のルールになることは前回、書きました。  その結果、コロナ禍で何が起こるかというと法律とは無関係に、「私的警察」が力を持ってしまうということです。  7月29日、岩手で最初の感染者が出たと発表された時は、感染者の勤め先やネット上に中傷や差別発言が相次ぎました。  会社に電話したり、直接来社して、「名前を教えろ」とか「クビにしろ」と言ったり、ネット上に感染者の名前、住所を特定して発表しようとする人達です。  岩手県の達増拓也知事は感染者が出る以前から、「第一号になっても県はその人を責めません」「感染者は出ていいので、コロナかもと思ったら相談してほしい。陽性は悪ではない」と呼びかけていました。 「陽性第一号」になることを恐れて、県民が相談や検査をためらうことを心配したのです。  感染者が出た後、知事は、会見で中傷発言に対して「犯罪にあたる場合もある。厳格に臨む意味で、(中傷に対しては)鬼になる必要がある」と強調しました。  知事の発言はじつに当然です。でも、犯罪になるかどうかを判断することが、この国では「鬼になる」必要があることかと思うと、暗澹たる気持ちになります。
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明確な基準のない“世間のルール”
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