更新日:2021年02月20日 09:08
エンタメ

<純烈物語>本気のムード歌謡グループによる本気の戦隊ヒーロー映画の狂想曲が始まった<第85回>

大江戸温泉物語に80名のメディアが集結

 この日、集まったメディアは80名ほど。東京キー局民放全社のカメラがズラリと並んだ。配布された作品概要は、以下のように記されていた。 「ムード歌謡グループの4人は世を忍ぶ仮の姿を持ち、皆の憩いの場である温泉施設を守るヒーロー・純烈ジャーとして、温泉の平和を乱す悪魔と戦っていた。ある時、全国の温泉でイケメンが行方不明になるという怪事件が多発し、巷で話題となっている。しかし、事件性は見られず警察の捜査は見送られてしまった。温泉の危機を感じ取った純烈のメンバーは独自に捜査を開始するのだが……」  それを何度も読みつつ13時を迎えると場内暗転。まずは作品の特報映像がスクリーンに流されその後、メンバーと佛田洋(ぶつだひろし)監督(59歳)が壇上に呼び込まれた。  特撮ファンの間では巨匠として知られる佛田監督だが“ハクづけ”のためだけにメガホンを取ったのではない。3人が俳優として活動していた頃の作品に携わっていた縁(えにし)があったからこそ、酒井からの依頼を受けたのだ。 「今回、酒井君の方からぜひ監督をお願いしますとご指名をいただいたので、非常に光栄であります。そしてみんながこんなに立派になってヒーローに戻ってくれたので感無量です。昔、一緒にやっていたスタッフも今回のためにスケジュールを空けてくれて、現場は同窓会みたいで楽しかったです」  監督に限らず、同作品のテーマのひとつは「恩返し」にある。まだ映画の話が来るよりも前に、純烈を結成した理由としてこのようなことを酒井は語っていた。 「ああいう俳優たちって、せっかくファンがついていても誰かが抜けちゃうとそこでブームが終わっちゃって、あとは舞台をやってある程度頑張ったら田舎に帰っちゃう。これって、もったいないよね。そんなやつらを集めてお芝居だけじゃなく、儲かって食えるようにさせたいと思うんだ」(当連載第4回)  演歌・ムード歌謡曲をやりたくて結成されたのではなく、特撮俳優救済を目的に始まったのが純烈だった。だから会見で「デビュー時からいつか戦隊として故郷に戻れたら……という妄想をしていた」というのは後づけではない。  どんなに別のジャンルで成功しても特撮への愛着を持ち続けてきたからこそ、今回の映画につながった。2019年2月にプロレスイベント「マッスル」が両国国技館へ進出し、そこへ出演するさい「俺たちが紅白に出られたらマッスルにハクがつくから頑張るよ!」と言ったように、純烈として積み重ねてきた実績をかつての居場所へ還元する。  そうした思いが、確実にグループを続ける上での原動力となってきた。一つの夢をかなえるのは、けっして容易ではない。  それでも夢は多いほど、自分以外の人たちもハッピーにできる。「名前が純烈ジャーで、本人役で出て、設定がお風呂って……有名になったのをいいことに、映画を安直に考えていないか?」といった見方をする者もいるだろうが、10年以上も前から描いてたどり着いた形という方が正しい。  そして、それを実現させるべく橋渡し役を務めたのが『忍風戦隊 ハリケンジャー』のハリケンイエロー役で白川と共演した山本康平だった。新型コロナウイルスにより世の中の空気が変わり始めた頃、そのプロジェクトは動き出していた。

昨年5月から「純烈ジャー」は動き出していた

「康平君の向こうに東映ビデオ(今作品製作・配給)がいるのはわかっていたし、面白いことをやるとしたら、映画はやったことがないし驚かせたいという思いもあったので、純烈としては映画ならやると返事したんです。康平君も俺の気質がわかっているからなるほど、でもできるかなという感じだったんだけど、そのあとプロデューサーの方も含めた3人でこういう感じがいいというキックオフがあって。  純烈も、年内はライブをやらないから時間は取れると。そこで秋口になればいけるんじゃないかとなって、5月ぐらいから事務所も東映ビデオも動き出したんです。戦隊モノでいくという案は、こっちから出しました」  純烈ジャーのコンセプトは、もともと純烈用のものだった。せっかく特撮俳優がいるのだから、そのスキルを生かさぬ手はない。コンサートの第1部でメンバーがヒーローショーを演じ、第2部は歌のステージを見せれば、お爺ちゃん、お婆ちゃんから子どもまで三世代が一緒になって楽しめる。  そういったライブを夏休みやクリスマスの時期にできたらいいという思いは、酒井の中に純烈結成前からあった。その温めていたコンセプトを、映画へアダプトした。  一回のコンサートではなく、全国ロードショーの形にした方がより広まる。何よりも、それによって特撮というジャンルが脚光を浴びる。酒井の言う「恩返し」とは言葉がまとうような綺麗事ではなく、己自身の願望……いや、野望。だから本気なのだ。 「山本康平君は純烈がうだつのあがらなかった頃に、白川がハリケンジャー卒業後に純烈をやっているという設定で作品に出してくれたんです」  2013年公開Vシネマ『忍風戦隊ハリケンジャー 10 YEARS AFTER』に純烈ならぬ“JUN烈”として6人だった頃のメンバーが出演(友井雄亮は風疹により出演できず5人編成)。その時の恩を、酒井は忘れていなかった。  こうした経緯を思えば、リーダーが先走るのもわかる気がする。伊達や酔狂でも、シャレでもない本気のムード歌謡グループによる戦隊ヒーロー映画の狂想曲が、始まった。 撮影/ヤナガワゴーッ!
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxtfacebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売

純烈物語 20-21

「濃厚接触アイドル解散の危機!?」エンタメ界を揺るがしている「コロナ禍」。20年末、3年連続3度目の紅白歌合戦出場を果たした、スーパー銭湯アイドル「純烈」はいかにコロナと戦い、それを乗り越えてきたのか。

白と黒とハッピー~純烈物語

なぜ純烈は復活できたのか?波乱万丈、結成から2度目の紅白まで。今こそ明かされる「純烈物語」。
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【特報!】『純烈物語20-21』2021年3月9日(火)発売決定!
2019年12月発刊『白と黒とハッピー~純烈物語』に続き、当連載が書籍化されます。コロナ禍に見舞われた中、純烈はどうやって2020年を止まることなく乗り越えてきたのか。離れていてもファンとともに現実と戦い続けた酒井一圭、白川裕二郎、小田井涼平、後上翔太の姿が500ページ以上にも及ぶ克明なノンフィクションとして描かれています。現在、鋭意製作中です。ご予約等は https://www.amazon.co.jp/dp/459408768X
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